第2話 女官修業

 そうやって野心と希望で胸をぱんぱんに膨らませ、最北の玄武門げんぶもんから王宮に足を踏み入れた鈴玉ではあるが、程なく自分の考えの甘さを思い知らされることになった。


 入宮するには、一年に一回、春に行われる召募しょうぼに応じ、心身双方に行われる考査に合格せねばならない。彼女も、他の少女達に混じってこれを受けた。

 腰に巻いた薄布一枚で身体をあらためられるのも屈辱だったし、筆記の考試で見たこともない経書の文章が出題されたのにも頭を抱えたし、口頭での諮問で、意地の悪そうな老宦官と女官二人組から、貧しい実家での生活を根掘り葉掘り問いただされたのもやりきれなかった。


 審査の厳しさに自信を失っていた鈴玉ではあるが、まさかの合格の知らせに有頂天となった。定められた日時に再び玄武門をくぐり、お仕着せの女官の服を着せられて見習いの印である浅黄色の紐を帯につけ、後宮の一角に同輩達と並べられたときには、意気揚々と、すでに後宮での出世を確信して疑わぬ表情だった。

 それからふた月の間、彼女は三十人ばかりいる女官見習いのひとりとして、後宮のしきたりや職務のあれこれを学ぶことになったのである。


「――鈴玉!!あれほど教えたのにまた間違えるのかえ!?」


 ぴしっと机が鳴ったかと思うと、教導役の老女官が眉間に皺を寄せて立ち上がった。彼女の手にはむちが握られている。鈴玉は半眼となり黙って突っ立っていたが、いかにも傲岸不遜ごうがんふそんに見えた。

「貴人にものを差し出すときは、まず右膝を折るのじゃ、左膝ではない!」

 言いしな笞で彼女の左膝を叩いたが、鈴玉は恐縮する代わりに鼻を鳴らした。自分達はいまだ見習いの身分ではあるが、いずれ若き女官として後宮の任につき、場合によっては王のお目にとまって寵愛を受けることもあり得る。なればこそ、監督の女官も笞を使いこそすれ傷を残すような叩き方をしないわけで、鈴玉にとって怖いことは何もなかった。

「この……!!」

 相手のふて腐れた態度に、当然のこととして怒り心頭となった老女官だが、鈴玉の傍らの香菱を目にし、少しく気分を落ち着けたようである。


「香菱、このどうしようもない見習いの代わりに、やって見せておあげ」

「はい、御方おんかたさま」

 栗色に近い明るい髪と、林檎色の頬を持った香菱は、見習いとも思えぬ優雅さで、定められた所作を行って見せる。


「よろしい。鈴玉、次までには彼女のようにできるようになっておくように。でないと、後宮に仕える以前に、冷宮れいぐう送りにするぞ」

 「冷宮」とは、本来は寵愛を失った妃嬪や皇族の居所だが、涼では妃嬪や女官も含め、罪を得た後宮の女性が幽閉される場所である。老女官の脅しに、鈴玉はやっとのことで「はい、嫦娥じょうがさま(注1)」と答えたが、「は」と「い」を少しく伸ばして発音したものだから、再び相手の眉間を山脈のごとくにさせた。


 ****


 注1「嫦娥」。月の女神。転じて、女官への敬称。


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