第21話 光る腕輪

「鄭鈴玉、そなたのことは知っている。最低の成績にもかかわらず鴛鴦殿に召し上げられた女官としてな。ふふふ」


 呂氏りょしが首を振ると簪の飾りがきらめき、焚きしめている濃厚な香が、ゆるりと立ち上って鈴玉の身体をも包んだ。

「ご存じでしたか……」

 鈴玉がやっとのことで絞り出した声は、からからに乾いていた。

「そなたは気が付かなかったやもしれぬが、私もあの場にいたからのう。惜しや、そなたが鴛鴦えんおう殿に行かなければ、我が殿で召し抱えようかと思っていた矢先であったのに――」

「私が、敬嬪さま付きに……!」


 鈴玉は心底驚いた。あの「振り分け」の日、自分の妄想と思っていたことが、実現寸前だったとは!

 では、自分は家門再興の望みを果たす千載一遇せんざいいちぐうの機会を、すんでのことで逃してしまったことになる。


 悔しいような、惜しくないような、諦めるしかないような、まだ諦めたくないような、そんな複雑な表情を鈴玉がしていたからだろう、呂氏は一笑して鈴玉の両手を取った。まだ初秋だというのに、彼女の手は磁器のようにとしていた。

「私は生き生きとした人間が好きだ。新入りのなかに混じったあの時のそなたは、いたく目立っていた。それはただ、そなたが持ち合わせているこの美貌のせいだけではない――」

 いいしな、呂氏は鈴玉の頬をすっと撫でた。撫でられた方はびくっとして立ちすくむ。

「ふふふ、なかなか可愛いところもあるのだな。どうだ、これを機会にしてそなたと私、縁を結ぼうかの?」

 

 別れ際、呂氏は鸚哥に命じて、鈴玉を鴛鴦殿に送らせた。

「私のせいで、用事が滞ったことを叱られては気の毒だ。鸚哥が事情を伝えようほどに。鈴玉、今日は立ち話であったが、いずれ我が殿にも来るが良い」


 ありがたくその言葉を拝受した鈴玉ではあるが、実は鸚哥とは、あの「実技」以来、顔を合わせるのは初めてだった。

 ひとつは、朗朗たちの艶本は、いまの話があと一冊で終わることは誰の目にも明らかなのに、鈴玉たち読者が首を長くして待っていても、なかなか出てこないからである。それが理由で、鸚哥と顔を合わせる機会もがくりと減った。そしていまひとつは、やはりあの「実技」のとき何となく気まずい思いをして、疎遠になっていたからでもある。


 だが、いま二人は並んで、ゆっくりと鴛鴦殿への回廊を歩いているところであった。

「ねえ、鈴玉」

 口火を切ったのは鸚哥のほうだった。

「あんた、良かったじゃない。敬嬪さまへの繋ぎもできて、これで将来の出世も間違いなしよ」

 鈴玉は笑顔を見せず、眉をひそめた。

「敬嬪さまの覚えをいただければ、私は浮かび上がれるかもしれないけれど、あちらは私と知り合って何の得が?」

 鸚哥は肩をすくめた。


「さあ?でも損得勘定でなく、お優しさから出ているものだと思うけど?それに、王からの寵愛が深い錦繍きんしゅう殿の主人といえども、やはり王妃さまには遠慮なさっている。だから、こうして私に送らせて、あなたに不都合が生じないようにする配慮ではないかと……」


 ほつれたびんを撫でつける、その拍子に鸚哥の袖がめくれ、翡翠の腕輪がのぞいた。一介の女官が身につけるには贅沢な、緑色も鮮やかな逸品である。鈴玉は反射的に、自分の細い銀の腕輪をさっと袖のうちに隠した。

 鴛鴦殿では、主人の性格や好みを反映して、女官もごく地味な腕輪か、小さい簪を挿すことくらいしか許されていないのだ。鈴玉の視線の先に気が付いたのか、鸚哥は得意満面といった表情になった。


「ああ、これは錦繍殿に勤めてひと月めに、敬嬪さまから頂戴したのよ」

 鈴玉には、翡翠の光が眩しかった。

「随分、贅沢なものね」


「あら、このくらいは錦繍殿では普通よ。宦官には帯の佩玉、女官には耳飾りや腕輪。敬嬪さまはいつも『良い働きをしてるから』と、惜しみなく高価なものを下さるわ。それで、私たちも働き甲斐があるわけ。やはり、ご実家も権門で、王さまのご寵愛が深く、お子さまも何人か挙げておられるだけあるわねえ。鈴玉も見たでしょう?敬嬪さまのご衣裳や飾りもの。一番大きな黄金の簪はどう?あれにはまっている蒼玉そうぎょくは、烏翠国うすいこくの使者からの贈り物で、王さまが敬嬪さまに下賜されたのよ……」


「烏翠だか、烏骨鶏うこっけいだか知らないけど、そんな宝石のことなんか知らないわ」


 鈴玉は相手の長話をぴしゃりと遮ったが、鸚哥は鈴玉の苛々など気づかぬ様子で、ぺろりと唇をなめた。

「まあ、そういうことだから、近いうちに鈴玉は錦繍殿に来ることになると思うわ。だって、私の主人がお気に召したんだもの」

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