第53話 妃の真意
蓆で巻かれた無残な
「……もうどうしたらいいのか。食事は摂ってくれないし、ただただ鸚哥の名を呼びながら、はらはら涙を流しているだけ。このまま衰弱するのでは……」
彼女の寝室の外では、粥の入った盆を手にした香菱が、見舞いに遣わされた柳蓉を相手に首を振っていた。
「では、あの後に起こったことをほとんど鈴玉は知らないのじゃな。流産が狂言であったことなど、ついに錦繍殿の陰謀が明らかになったことも、張女官を殺害したかどで、薛伯仁が捕縛されたことも?」
「いえ、一応は話してみたんですけど、何しろ鸚哥のことで衝撃が強すぎたみたいで……。それにしても、すでに王妃さまは
そんな会話も聞こえているのか否か、鈴玉は寝台の上で人形のように横たわっていた。手も足も、そして心も凍えたまま、一向に溶ける気配がない。
――鸚哥、鸚哥。何で死んでしまったの?最後に私のところに来たあの時、どうして全部話してくれなかったの?
彼女の問いは、虚空を叩くばかりである。
それでも、五日後には何とか起き上がれるようになり、鈴玉は鴛鴦殿に戻った。だが、仕事に身が入らず、しばしば涙ぐんでいる。少しでも長く歩けば膝をがくがくさせ、止まればそのまま倒れてしまいそうだった。
そんな彼女を観察していたのか、王妃は軽く人払いをすると、鈴玉を宝座の前に呼んだ。
「鈴玉――無実の罪で責め問いにかけられたばかりか、親しかった同輩の気の毒な様子を目にしたのならば、心を乱されても当然のこと。この政変が一段落したらそなたにきちんと説明してつかわす。そのうえで休暇を与えるゆえ、気力を回復しなさい」
「王妃さま……」
「だが、その前にそなたに言っておくことがある」
「何でしょう?」
首を傾げた鈴玉に、王妃はさらに近寄らせると両手を差し伸べ、跪く彼女の右手をそっと包んだ。
「そなたは知っていましたか?もしくは気が付いていたか?そもそも、なぜそなたを――見習いとしての成績は最低、横柄だと評判の少女を、女官長や宦官長の反対を押し切って、私があえて鴛鴦殿に迎えたのか?」
「……いいえ、存じません」
――そう、それはずっと疑問だった。なぜ王妃さまは私をわざわざお取り上げになったのか?敬嬪は、王の寵愛を独占する新たな女性の出現を恐れ、その可能性を持つ自分を監視するためだと言っていた。もちろん、そのような理由ではないと思っていたけれど……。
彼女の心の動きを知ってか知らずか、林氏はくすりと笑った。
「そなたは大きな望みをもってこの宮門をくぐったのでしょう?主上の寵愛を必ずや得て権勢を握り、家門を再興するという志を」
「王妃さま……」
鈴玉はうつむいた。既に主君には、自分の心のうちを知られていたのか。
「むろん、そなたを抱えた後も、私は周囲から再三にわたって忠告されたものです、『鄭鈴玉は
「……」
「ですが、私は絶対にそうしたくはなかった。――鈴玉。私はそなたより少し歳が上くらいのときに宮中に上がり、王妃として王の傍らに侍し、この後宮をずっと見てきた。ここは、さまざまな欲に捕らわれた者達がうごめき、互いに牙を立て合う場所。そして、野心をたぎらせた若人が老獪な者達の餌食となり、走狗となって最期は煮られて終わるさまを、否応でも見せつけられてきた」
「走狗……」
「そう。だから、そなたに会う前から気になっていた。野心を持つこと自体は決して悪ではない、しかしその野心に付け込まれ、むざむざと若い花を散らすようなことになりはしないか、と。まだ見ぬそなたの運命に胸騒ぎを感じ、ただ、実際に会うまでどうするかを決めかねていた。そしてあの『振り分け』の日に――」
「王妃さまは、名簿をご覧になり、私をご指名になりました」
「そう。実はその前から、横柄な女官が最後列のそなたであること、見当はついていた。私に対して誰もが緊張した面持ちのなか、そなただけがつまらなそうな、冷たい目つきで私を眺めていたのだもの」
鈴玉は赤面した。
「そんな、恐れ多いこと――」
「隠さずともよい、そなたを怒るつもりでこのような話をしているのではないのだから。とにかく、そなたは他の者とは違って見えた。それがとても印象に残った。ただ、このまま私が指名せねば、そなたは敬嬪か、他の――権勢の持つ側室たちのいずれかが拾い上げることになることは明白だった。そうなれば走狗となり、使い捨てられてしまうでしょう。考課の成績は関係ない。ある種の者にとって、そなたのような走狗はとても『使いやすい』のだから」
「……王妃さま、では」
林氏は頷き、包んでいた両の手をそっと解いてふうっと息をついた。
「そなたは怠惰な女官のまま終わるかもしれない、あるいは我が鴛鴦殿の火種となるかもしれなかった。それでも――死者に鞭打つようで気がひけるが――鸚哥という女官のような眼に遭わせるよりは、どれだけましかわからない。そなたは実際、いろいろ騒動や面倒も起こしてくれたが、感覚の鋭さを持ち、たとえ憎まれ口をたたいていても、腹の底は常に真っ白で、情と
「私をお抱えくださったのは、そういう……」
鈴玉はぽろぽろと涙をこぼした。
「もったいのうございます……私を救ってくださって……」
――私がもし鴛鴦殿ではなく、錦繍殿に行っていたとするなら。まかり間違えば、私が彼女のようになっていたのだ。
とうとう彼女は耐えきれなくなり、無礼をかまわず王妃の膝に身体を投げ出した。そして、主君に髪を撫でられつつ、わあわあと声を上げて泣いた。
「私が代わりに死んでるはずだったのに……彼女は、私の……私の代わりに死んだんです。かわいそうな鸚哥……!」
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