第11話 花と王妃

 鈴玉たちは、後宮と後苑を区切る春鳥門しゅんちょうもんの門番には「王妃さまの御用で花を切りに行く」と取り繕っていたため、行きも帰りもすんなりと通してもらえた。鈴玉は「既成事実」を作るため、湯たちから分けてもらった花束を持っていたのである。


 とはいえ、鸚哥と別れて鴛鴦殿にこっそり戻ったつもりの鈴玉は、柳蓉りゅうように見つかり、あっという間に主人のもとへ突き出された。


「お前は何かいうと、すぐに仕事を怠けてあっちへふらふら、こっちにふらふら……!それになんじゃ、その花は。後苑から盗み取ってきたのではないか?今日という今日は厳しく懲らしめねばならぬ」

 鈴玉はいつものごとく、びょうの神像のごとき半眼となっていた。

「全て、王妃さまのためを思い取って参ったものです。係の宦官には許可を得ましたから」

 心にもないことを、ふてぶてしい調子で言い切る。実際、貧窮のときに感じた寒さと飢え、惨めさに比べれば、多少の叱責や折檻せっかんなど何とも思わなかった。それに、王妃がこの出来の悪い女官を咎めるときは、叱責よりもむしろ「説諭せつゆ」といった調子だったので、鈴玉は甘く見ていたのである。その主君は宝座の手すりをひと撫でし、大きな息をついた。


「さて、こう度重なるとやむを得ませんね、鈴玉。いくら私のためとはいえ、私や尊長の者の下命なくして、勝手に持ち場を離れてはならない。そなたもここに来る前に学んでいるであろう。なるほど、確かに見習いの時の評定が最も低いだけある。今回は、そなたに一日の食事抜きの罰を与える。食事は抜いても、仕事は手抜きをせぬよう」

「……かしこまりました」


 さすがに、ただの説諭ではなく懲罰という結果になって、鈴玉もいつもの鼻っ柱の強さが半減したかのようになった。ひもじい思いを散々してきたせいか、食事を抜かれることは、叩かれるよりも辛いのだ。彼女は尻尾を巻いたいぬのごとく、殊勝げな面持ちで拝礼したが、王妃はふと鈴玉の手もとに眼をやった。


「その花々に罪はない、こちらにお寄越し」


 そして、傍らの香菱に目配せすると、聡い女官は小走りに部屋を出ていき、水を汲んできたのか、ほどなく白磁の花瓶を抱いて戻ってきた。壺からはちゃぽちゃぽと水音がする。林氏はそれを宝座の脇の卓に置かせ、鈴玉から受け取った花を手ずから生けた。王妃の穏やかな表情、ほころんだ唇――全体の均衡や配色を考えて生けられた花々は、主君に頬を寄せられ、その優しさを賛美しているように見えた。


――あら?

 鈴玉は眼をしばたたいた。

 顔を花々に近づけた王妃は、美しく愛らしく見えたのである。金に宝玉をちりばめた簪や耳飾りよりも、花はなお王妃のおもてを引き立てているかのようだった。

――まるでいつもと違っているような。


 何気ない一瞬に鈴玉は気を取られ、彼女の様子に気づいた王妃に退がるよう命じられるまで、ふうっと心が浮いたままであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る