第30話 冷宮送り
「……はあ」
今朝から十七回目の溜息が、若い女官の唇から漏れた。
彼女はいま冷宮と称される建物の東棟、奥から二番めの部屋に幽閉されていた。
冷宮とは前述のように、罪を得た後宮の女性が幽閉される場所である。女官見習いの時分、彼女はその出来の悪さにより、教導役の女官からしばしば「冷宮送りにする」と脅されたものだが、まさか半年後に現実のものとなるとは夢にも思わなかった。
彼女は閉じ込められている部屋を見渡した。ここに来てから十回ほど太陽が巡っているが、いったい何百回、ここを見回したことだろう。
じめじめしてそこかしこ凹んだ石の床、匂いのする藁が敷かれた寝床にぼろ布のような
以上が、半年に渡る後宮暮らしの末に、彼女が手に入れることができた全てである。
あの「艶本処分」の日、鈴玉は養徳殿の庭を引き立てられた後、女官長の控えの間で女官の服をはぎ取られ、簪も腕輪も全て外された。そのかわり、髪は
気になるのは、いつになったらここから出られるのか、幽閉の期限については林氏も、女官長も誰も言ってくれなかったことである。
――まさか、一生ここから出られないのかしら?それとも、出るときは「死ぬ」ときなの?
今さらながら、不安が腹の底から湧きあがってくる。それにもまして、
――いいえ、出られる出られない以前に、冷宮送りになった女官なんて、二度と王の御前に出ることなんかできやしないわ、きっと。
秋烟と朗朗を庇うためとはいえ、他の者も読んだはずなのに口を拭って知らんふりをしているところ、自分は正直に名乗り出てしまった。あげくの果てに重い懲罰を食らい、王からの寵愛も家門再興も、それを得る努力は全てが水泡に帰すことになってしまった。
「私ったら、お馬鹿ちゃんね」
自嘲の言葉が口から漏れるが、むろん誰も聞くものはなく、空気が死んだような冷宮は、一層静けさが増したかのように思える。
――このままでは、狂い死にするか飢え死にかしら。
食は朝晩二食差し入れられるが、薄すぎる粥といい、味付けのほとんどない野菜の水煮といい、ひどい代物である。それでも「食」が彼女にとって最後の生きる証しゆえか、今はたまらなく食事の時間が待ち遠しい。
――冬が来る前に、お父さまに綿入れを送ろうと思ったのに、できそうもないわね。
親不孝娘がいじらしく親を思うのも、冷宮の効用ではあるかもしれない。
だが、むろん、彼女のなかには殊勝なものだけがあるのではない。
――錦繍殿!あの時は師父と香菱に止められたけど、逃がさない。艶本のことも、きっとあいつらの差し金だわ、絶対に尻尾を掴んでやるから。もし生きて出られたら見てなさい。まず手始めに、明月の兄をぎゃふんと言わせてやるんだから……!
いくら処罰の対象とはいえ、艶本の回し読みなど以前から公然の秘密だったのに、ここに来て騒ぎ出したのは、意図があるに違いなかった。
そして、もう一つ。
――王妃さま。あなたの真意がわかりません。王妃さまは腹黒いお方ではないと信じたい、でも確信が持てない。私は切り捨てられたの?それともお救いくださるの?
養徳殿で顔と顔を見かわしたのが、主君との最後のとき。林氏の
「……はあ」
どうして人は、同じことを何十回も、ぐるぐる考えることができるのだろう。
かくして、朝から十八回めのため息が、鈴玉の唇から漏れた。
その日も鈴玉はいつものように、部屋の隅で膝を抱え、空腹を我慢しながらうつらうつらしていたが、遠くから聞こえてくる大きな物音に、はっと目を覚ました。
物音はどたどたいう足音、数人の怒鳴り声や雄叫びから成り立っていて、しかも段々と近づいてくる。
「……ちょっと離すんだよ、この薄汚い野郎ども!!あ、もうあんた達は野郎じゃなかったんだっけか!」
野太い、がらがらした声が響き渡り、何かが蹴られる音、呻き声、がちゃがちゃと鍵を開ける音、そんなものが立て続けに聞こえたかと思うと、隣の小部屋に誰かが入れられたのか、床に倒れ伏す音が聞こえた。
「ちくしょう、ふざけんな!!つくもんもついていないくせに!!」
鈴玉と同じく、この冷宮に閉じ込められたらしい太い声の持ち主は、どんどんと木枠の扉や床を叩き、随分長い間暴れていたようだが、段々と静かになり、おしまいにふーっと息が聞こえた。
――隣の男、いったい何者かしら。あれ?ここは冷宮で女性の閉じ込められるところなのだから、女性よね。それにしては、女性とも思えない声と態度だけど。まあ、それにしても、暴れようが扉を叩こうが出られっこないのに、お馬鹿ちゃんだこと。
その実、鈴玉も初日にはこの「新入りのお馬鹿ちゃん」とまったく同じことをしたのである。隣は依然、静かなままだ。鈴業は逡巡していたが好奇心に負け、壁越しに問いを放ってみた。
「ねえ、新しく来たあなた、名前は?」
誰かはしばし沈黙していたが、
「あたいは
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