第5話 鴛鴦殿へ
「ええっ⁉」
はしたなくも、思わず鈴玉は声を挙げてしまった。振り返った新米たち、年長の女官や宦官たち、とにかくその場にいる全員が、怒りと驚愕の視線を彼女に刺す。
「早く参れ!」
宦官長の苛立った声に引きずられ、鈴玉は裳裾に足を取られつつ、熱に浮かされたかのように最前列に進み出る。
「王妃さまの御前である、さっさと拝礼せぬか!」
また叱られて、ぎこちなく鈴玉は
王妃は柔らかな表情で頷き、名簿を宦官長に返す。
「そなたが鈴玉か。私はこの宮中に上がって
「……」
悪意はないだろうがその率直さに、さすがの鈴玉も真下を向いた。
「いや、この名簿を見る前より、そなたの噂はこの鴛鴦殿にまで聞こえてきた。そして、私は興味を持ったのです。どのような少女なのだろうか?と。見たところ、そのような悪しき成績を得るようには見えぬがのう」
ふふふ、と笑いを漏らす王妃に、女官長が「恐れながら」と声を潜め、
「この者は性格といい成績といい、大いに難がありますから、王妃さまのもとになど……」
「良い」
王妃は女官長の言葉をさえぎり、鈴玉に顔を上げるよう命じた。
「鈴玉とやら、そなたは私に興味がなかろうが、私はそなたに興味がある。したがって、鄭鈴玉は我が殿に仕えさせることとする」
――!
思いもかけぬ成り行きに、鈴玉は眼をしばたたいた。
「王妃さま、それはあまりに……」
女官長と宦官長の合唱にも、王妃は澄ました顔を崩さなかった。
「そなた達の配分以外に、名簿から好きに選べと言ったのでは?」
――私が!?王妃さまの御殿づきに?
それは困る、と正直に鈴玉は思った。王の寵愛も形ばかりで、何の力もない王妃の御殿づきでは、自分が浮かび上がれる目もないではないか。となれば、悲願の家門再興も――。
鈴玉のそんな
「我が身に過ぎる
と、心にもない、型通りの謝辞を言上するのに精一杯であった。
そして宦官長は溜息を一つつくと、残りの女官達の配属を読み上げるべく、名簿を再び開いた。
そんなこんなで、鈴玉は鴛鴦殿で女官勤めを始めることになってしまった。先輩女官の居並ぶなか、あらためて香菱ら三人の新入りは、王妃の御前に拝跪して忠誠を誓った。だが、鈴玉の投げやりな気分はその拝礼にも現れていたと見え、この殿の女官を取り仕切る「
――ふん、知るもんですか。それにしても、ああ、困ったわねえ。
鈴玉の女官暮らしはこうして、波乱含みの幕開けとなったのである。
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