第69話 王妃冊立
そして、季節は幾度も巡り巡って――。
「痛い!痛いじゃないの、香菱!」
鴛鴦殿の寝室では、例によって鈴玉が悲鳴を上げていた。彼女は
「お静かになさいませ、王妃さま。あなた様のかつての職掌柄ご存じだと思いますが、この礼装は重量がございますから、帯でも何でもきつく締めないと、あっと言う間に着崩れてしまいます」
「違うわよ、香菱が怪力だからよ。さっきから親の仇と間違えてるんじゃないかと思うほど、ぎゅうぎゅうと……」
涙目の王妃に対し、女官は眉をしかめる。
「大体、あなた様は大げさなのです。おん歳三十近くにもなって、女官見習いのようにきゃあきゃあと。
香菱は敬語を使いつつも主君への物言いは容赦ないが、これは女官同士だった頃から変わらない。鈴玉も妃嬪の身分となって数年が過ぎ、多少は「それらしい」物言いや
「だって、敬順さまと私じゃ、比べようもないじゃない。同じ王妃といっても、あちらは末代まで称えられる賢妃、私とは出来が違うのよ」
ぷっと膨れる鈴玉に、香菱は思わず噴き出した。
「そのお顔つきでは、『
鈴玉はきっと睨んだ。
「香菱、主上に対して不敬よ。罪に問われて後宮を追放となってもいいの?」
王妃に脅されても、慣れているのか香菱は一向に動じず、涼しい顔を保っている。
「あら、追放できるものなら、どうぞなさってくださいませ。でもそうなれば、この鴛鴦殿はおろか、後宮全体が麻痺することにもなりますが、王妃さまはそれでよろしいのですか?」
手痛い返しに鈴玉はぐうの音も出ず、いっぽう香菱は駄目押しとばかり、
てんやわんやしながらもすっかり身支度を整えた鈴玉は輿に乗り込み、彼女の
林氏の後に立てられた第一継妃の李氏――鈴玉は彼女と親しくし、よく立てて仕えた――は病を得てこの世を去り、とうとう第二継妃として鈴玉に白羽の矢が立ったのである。
既に王は乾元殿に臨御しており、輿を降りる新たな王妃を自ら出迎えた。鈴玉は北面する形で王と対面し、香菱の介添えを受けて拝跪する。
「……よって、天朝の勅許を賜り、ここに
冊文が麗々しく読み上げられ、王妃に代わって冊と王妃の宝璽を拝受するのは、秋烟と朗朗である。
その後、殿上で王の横に座した鈴玉は、殿庭に列した群臣の歓呼の声を受けた。ふと階の下を見ると、左側には鈴玉が育てた世子、そして宦官に付き添われた自分の幼い我が子たち――
鈴玉の働きで家門は再興され、父自身は外戚となり、また世子の教育を担う栄誉をも受けたが、彼は変わらずにあの邸で普通の生活を続け、娘の地位を盾に奢った態度を取ることもない。
「我らはこれからも長久に、主上とお妃さまの安寧をお守りするため、粉骨砕身の決意なれば――」
宮中の警護を代表し、華やかな甲冑に身を包み、飾りも美しい儀礼用の剣を
賀詞を述べ終え、顔を上げた星衛は一瞬だけ王妃と眼を合わせ、ふっとわずかに微笑む。すばやく剣の柄が叩かれるのを見た鈴玉もまた、唇の端を上げてその得難き「戦友」に応えた。
「主上にご繁栄を、王妃さまにご長寿を――!」
蒼天のもと、乾元殿に臣僚の唱和する声が響き渡った。
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