第7話 禁断の書

「なあに、これ?」


 一冊の書物を渡された鈴玉は、首を傾げた。書物の持ち主は同輩の「鸚哥いんこ」といい、女官見習いでの成績は鈴玉より一つ上、すなわち下から二番めであった。二人の不出来さはどんぐりの背比べといったところである。それだけではなく、ともに貧家ひんかの出ということもあって両人はが合い、見習い期間のときから仲良くしていた。

 

 しかし思いがけなく王妃づきとなった鈴玉のように、鸚哥は今を時めく敬嬪呂氏けいひんりょしの御殿に配属された。鸚哥の成績の悪さからは想像もできないが、これでも彼女は抜け目なさそうなはしっこい性格をしており、多少の不出来にもかかわらず呂氏じきじきのお声がかかりでの配属となったのも、それが理由であろう。力のある側室は、数人ならば自分の気に入った女官や宦官を仕えさせることができるのである。


 さして出来の変わらぬ同輩が、自分の虎視眈々こしたんたんと狙っていた呂氏づきの地位をまんまとせしめたことは、鈴玉をいたく悔しがらせたが、彼女は鸚哥も「つて」に使えると踏み、せっせと交際を怠らなかった。


 それはともかくとして、二人の若い女官がいるのは、後苑こうえん、すなわち王宮の園林にわの一番目立たぬ築山、それのさらに裏手である。促されるままぱらぱらと本のようを繰った鈴玉は、数行を読んで眼を丸くした。


「『……かくして、愛麗あいれいの脚はしなやかにそり返り、子良しりょうの広い背にたこのようにからみつきました。それから後は二人して、鍾馗しょうき(注1)さまも頬を赤らめ、閻魔さまもかんばせが青く変わろうかというほどの、雲雨うんうの快楽に身を任せます。鳳凰ほうおうが桐の上に宿り、翼を広げて片脚を上げ打ち震えれば、青龍は雲から降りてとぐろを巻き、舌を伸ばして鳳凰の……』」


 そこまで読んで、鈴玉はぱたんと書物を閉じた。うなじは真っ赤で、頬も上気している。

「……どこからこれを?」

「続きを読みたい?何しろ大人気で、やっと私のところまで回ってきたのよ」

「そうじゃなくて!」

 鈴玉は、思わず大きな声を出してしまった。

「しっ、声が高いわよ」

艶本えんぽん春宮画しゅんきゅうがたぐいは、後宮では持ち込み厳禁でしょう?」

「あら、女官見習いとして成績が最下位だったあんたもその戒めは覚えてるのね、大したもんだわ」

「茶化さないでよ」

 鈴玉の抗議に、鸚哥はにやりとした。

「そんなの建前に決まっているじゃない。後宮のお妃さま達だって、年増の女官に夜伽よとぎの手ほどきをされるときに、似たような御本を参考になさるのに」

「そうなの?」


 全く、鸚哥はこのような知識や見聞だけは、人並み以上に仕入れているのだから……鈴玉は呆れるやら感心するやらだが、自分の掌が艶本の表紙を撫でていることは自覚していない。


「お妃さま達の御覧になる御本はこんなものではなく、もっと仕立ても書も絵も豪華なんですって。まあ、それはともかく、これは『持ち込まれた』ものじゃないのよ」

「え?何よそれ。じゃあ、誰かがこの後宮で書いているとでも?」

「そういうこと。とにかく、私は読み終わったんで、あんたにも回してあげようと思っただけ。ねえ、読むの?読まないの?」


***

(注1)「鍾馗」中国の民間信仰の神。

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