第44話 禁衛府で

「私たちも取り調べされるのかしら?」

「たぶんね」

「ああ、怖いわ。どのようなことを、どのような方法で聞かれるのかしら……」


 自分の主君に禁足令が出て、捜索を待つ間、鴛鴦殿の女官や宦官たちは生きた心地もしなかったが、外朝の政争では王と王妃派の人間が持ちこたえているのか、その後は音沙汰もない。

 また、禁足令も全員が御殿に留め置かれるものではなく、夜になると、宿直以外の女官や宦官は自分のねぐらに帰ることも許されたので、鈴玉は自室に戻る途中、ずっと王妃のことを考えていた。

 

 王からの使者が宝座の前で南面し、北面した王妃は跪いて禁足令を受けた。その際、


「この度のこと、すべて王の妃、後宮の統轄者としての臣妾わたくしの不徳の致すところ。むろん我が身は潔白であることは天地にお誓い申し上げますが、主上がいかなるご決断を下されても、謹んで受け入れる所存です」


と使者に返答した、林氏の強い眼差しが鈴玉には忘れられない。

 同室の三人よりも一足早く帰ってきた彼女は、寒い室内に身体をぶるっと震わせ、ついで灯りをつけようと火打ち石を探した。


「……?」

 何か、部屋の隅の空気が動いた気がする。彼女が振り返った矢先、首に何か紐のようなものが巻き付き、苦しさのあまり口を開けると、今度は何かを噛まされ、最後は床に引き倒された。

「――!」

 手首と足首を縛られ、麻袋のようなものをかぶせられたかと思うと、ふわっと身体が持ち上がる。

 網にかかった魚のように袋のなかで跳ねる鈴玉は、誰かに担がれて持ち運ばれていることに気が付いた。


――どこに行くのかしら。


 扱いは乱暴極まりないものだったが、やがてまた身体が浮いたかと思うと、次の瞬間には硬いものの上に投げ出された。

「――!」

 痛い!と叫びたいが、猿轡を噛まされているのでそれもできない。がさごそと耳障りな音がして、自分を覆っていたものが引き剥がされる。


 鈴玉は床に転がったまま、周囲の状況を確認しようとした。硬い石畳の床、壁際には松明と――どうやら獄具のようなもの。そして、何人かの人間。そのうちの一人、いかつい武官の腕が鈴玉に伸びてきたかと思うと、彼女の髷を掴んで乱暴に起こした。あまりの痛さに、鈴玉の眼に涙がにじむ。ついで猿轡も取られ、彼女は大いに咳き込んだ。


「……鴛鴦殿の鄭鈴玉か」

 このなかで最も地位の高い者らしき、恰幅の良い文官が口を開いた。

「だったら何ですか?ここはどこなの?早く縄を解いて、私を返さないと面倒なことになるわよ?」

 唇の端が金くさいのを我慢しつつ、鈴玉は睨みつけた。どうやら投げ出されたせいで、口の中を歯で切ったらしい。

「ふん、評判通り、不敵で横柄な女官だな。だが、その強気も今日までだ」

 さっきのいかつい武官が床に唾を吐く。


「まあまあ、先に話を済ませてしまおうか?まず、ここは泣く子も黙る禁衛府だ」

「禁衛府……」

 宮中の警備を司る部署。厄介な場所に連行されてしまったことは、鈴玉でも見当がついた。


「次にそなた、二日の鴛鴦殿で開かれた王妃の宴で、敬嬪さまに茶をお出ししたな?」

「……そうよ?何よ、まさか私が敬嬪さまに毒を盛ったというわけじゃないでしょうね!」

「どうだかな、錦繍殿では、そなたが怪しいと睨んでいる。いまそなたの寝室を捜索しているから、ほどなく真実がわかるだろうが」

 文官が後を引き取ってそう答える。


「私の部屋?そんなの調べたって何も出て来やしないわよ……」

 吠えつく鈴玉の語尾が揺れて小さくなったのは、この連中が目的のためなら証拠をでっちあげることも辞さないだろうということと、

――嫌だわ、主上から賜ったあの艶本があるじゃない!どうしよう、あれが見つかったら今度こそ…。

 との、二つの恐れがあるからだった。

 そして、文官は鈴玉の動揺を、ことがあるからだと思い込んだらしく、にやりとした。


「ほう?何か身に覚えでもあるのか?あるのならさっさと言ったほうが身のためだぞ」

「あるわけないでしょう!」

「ふふふ、威勢がいいな。ではこれはどういうことだ?」

 文官は後ろを向き、随従の小者から二つの冊子を受けとる。


「見せてやろう。まず、この茶色い方は、王妃が女官に書かせたという、官僚の『殺生簿せっしょうぼ』――つまり暗殺したいものの箇条書きだな」

 文官は酷薄な表情をして、帳面を広げて見せた。柳夫之りゅうふし欧陽舜おうようしゅん、張昇……鈴玉が見たこともない人物の名前がずらりと載せられている。だが、鈴玉は名前ではなく、書かれた字体に眼が釘付けになった。


――この字体は…いえ、まさか!


 硬直した鈴玉に、さらにもう一冊が突き付けられる。開かれたその葉を一瞥して、彼女は思わず呻き声を上げた。


――そんな……そんな筈は。


「これと、この冊子は同じ人間が書いたものだ、字体が同じだからな。それにしても、お前は艶本騒動で痛い眼に遭ったはずなのに、よほど好きなんだな。この売女ばいため」


 ひどい侮蔑の言葉も、今の鈴玉の耳には入らなかった。なぜなら、目の前にあるのは、艶本の感想を書いた鈴玉の冊子。かつて朗朗に渡し、その後は……。

――鸚哥!!

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