第40話 苦い再会

 うつむく鸚哥の前に、鈴玉は立った。遠くでは女官や宦官が行きかっているが、女官二人のいるこの区画だけは、他に誰もいない。晴れてはいるがあいにく風が出ており、回廊にも吹き込んで彼女達の身からそれぞれ体温を奪っていった。


「何も逃げなくていいじゃない、取って食いやしないわよ」

「……」

「随分久しぶりだから顔も忘れちゃった?」

「……」

「ずっとだんまりなのは何故?私に何かやましいことでもあるなら別だけど?」


 思わず嫌味混じりの口調になったが、鈴業も大声で責めたりはしなかった。あの場合、名乗り出なかったのは鸚哥一人だけではないので、彼女だけを責めても仕方がない。


「やましいことなんて、ないわ」

 蚊の鳴くような声で返事が返ってくる。

「そう、それならいいけど」

 鈴玉は一歩間合いを詰めた。

「あなたも知っている通り、私は遠まわしにとか、婉曲にとか、とにかくそういう話の仕方は慣れてないの。だから単刀直入に話させてもらうわね」

 鸚哥はと鈴玉を見上げた。二人の間では、鈴玉のほうが拳ふたつ分くらい背が高い。


「薛伯仁と『対食』の関係を結んだというのは、本当?」

 沈黙が落ちて来る。鸚哥は唇を噛みしめ、鈴玉は眼を細めた。そのまま、二人は互いを見つめ合ったままである。

「ねえ、どうなの?鸚哥」

「……ええ、そうよ。鈴玉、よく知ってるわね。秘密にしていたのに」

 「是」の返答をかつての同輩から聞くや否や、鈴玉は頭を振った。

「後宮では、秘密と思っていることでもあっという間に漏れてしまうでしょ」

 そして、息を整える。


「駄目よ、鸚哥。『対食』がいいことか悪いことかはともかく、相手が悪すぎるわ。あんな……後宮の食わせものよ、あいつは」

 とたんにそれまでのしおらしさはどこへやら、鸚哥はきっと鈴玉を睨みつけた。はずみで、両耳の黄金の耳飾りが揺れる。鈴玉も初めて目にするものだった。


「そんなこと言わないで、彼のことを何も知らないくせに!」

「鸚哥……」

 さすがの鈴玉も相手の激しい反応に絶句してしまった。

「鈴玉、ひどいじゃない……!伯仁さんはそんな人じゃないもん!前から私に優しかったし、気を遣ってくれたし!第一、父さんみたいに殴ったりしてこないし!」

「父さん、って……鸚哥、そうじゃなくて、私の言うことは……」


 興奮のあまり、段々言うことが明後日あさってのほうを向き始めた友人に、鈴玉もどう対処したらいいかわからない。

「鈴玉だって、散々いままで評判の悪いことを後宮でやってきたくせに、今さら私に説教なの⁉ 笑わせてくれるわ、調子に乗ってんじゃないわよ」

 そして最後に、

「二度と私に話しかけてこないで……!」


 絶叫に近い、だめ押しの一言を鈴玉に投げつけて鸚哥は身を翻し、今度こそ駆け去ってしまった。


――鸚哥、鸚哥。駄目よ、薛だけは。


 口の中で何度もつぶやきながら、鈴玉は塑像のようにその場に立ちすくんでいた。

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