第48話 勁き花々

 その瞬間、部屋の扉が外から強引に開かれた。数人が部屋のなかになだれ込んでくる。

「者ども下がれ、下がれ!!」


 鈴玉を取り調べていた者達も相手の勢いに気圧されて、壁際に退く。拷訊ごうじん役の武官も例外ではない。すんでのところで火かき棒から免れた鈴玉は、かすむ目を凝らして乱入者たちの正体を見定めようとしている。


――えっ。

 槍や剣を手にした者は鴛鴦殿の宦官たち、そして「かさばってる武官」こと劉星衛である。さらに、彼等の間を縫うようにして、軽い足音の持ち主が進み出てくる。

 全身を覆う白い服。小さくまとめられた髷に挿した簡素なこうがい。すっと伸びた背筋。


「王妃さまの臨御である、みな頭が高いぞ、礼をしませい!」

 随従の柳女官が大喝すると、一同は倉皇そうこうとして拝跪する。

「王……妃……さま……」

 床の鈴玉は、自分の主君を信じられない思いで見上げた。王妃は鈴玉と、その脇に転がる火かき棒を一瞥いちべつして眼尻をぴくりとさせた。そして、鈴玉に歩み寄ると、白い鳥がふわりと舞い降りるように身をかがめた。

「鄭女官……何という、このような姿に…」

 手を差し伸べて、ずぶ濡れの髪を撫でる。そしてまた立ち上がり、拝跪したままの一同を見渡す。


「令状もなく行方不明になった、我が殿の女官を迎えに参った。見たところ、彼女が最後に鴛鴦殿を出た時と、はなはだしく様子が違っておるが……なぜ彼女はこのような状態になっている?何ぞ申し開きは?李穂明りほめい


 李穂明と呼ばれた、くだんの文官はへつらうような、侮るような笑みを浮かべた。

「申し開きなど……罪を犯した女官を、正当な理由をもって取り調べているところでございました。天地に誓って、やましいところなどありませぬ」

 王妃はそれを聞くや、両の口の端をくっと上げた。


「そなたの暮らす天地は、私の暮らすそれとは異なるようですね?随分と軽い、まるで鴻毛こうもうのごとき天地ではないか。いずれにせよ、そなた達のしたこと、のちほど重き懲罰を下されようほどに、覚悟しておくとよい」

「これはまた、十分なお言葉を賜りまして。しかし、懲罰というのはいかがなものですかな?」

「と申すと?」

 林氏は笑みを絶やさない。


「主上から下された禁足令をお破りになり、あえてこちらにご降臨されるとは、よほどのお覚悟と拝察申し上げます。王命を破りたるは重大な罪、これにより王妃さまが取り返しのつかぬお咎めを蒙るのではないか、ご家門にも累が及ばぬかと、わたくしはまことに勝手ながら……」

「黙りゃ!!」


 鋭く、気迫のこもった一声が飛ぶ。鈴玉もびくりとし、部屋の空気も、皆の身体もことごとく揺れた。一瞬、小柄な王妃の全身は白い炎のように燃え上がり、両眼からは雷光が発せられた。


「そなた、いったい誰に向かってものを言っている……?廃妃の王命を受けるその時まで、私はこの涼の国母である。ここに来たのは、単に我が女官を助けるためではない。道理の通らぬことを正し、無体な拷問を受け、冤罪に苦しむ民を救うためです。もしこれが理由で廃妃となったとしても、何を後悔することなどあろう。私が禁足令を破ったこと、王に告げるものなら告げてみるがいい。また、我が家門のこと、いかに権勢なきといえども、そなたのけがれた口で辱められとうはない。私は妃の座に上がったその日から、大義のためなら親きょうだいをも滅ぼす『大義滅親たいぎめっしん』の覚悟でいるゆえ」


 一気に語ると、王妃は柳蓉と宦官たちに命じて、鈴玉の縄を解かせた。助け起こされた鈴玉は痛みに呻きつつも王妃のほうに必死で向き直り、何か言おうとした。だが身体が疲れ切っていて、声も出ない。かつて自分がいじめた池の鯉のように、口をぱくぱくさせるのが関の山である。


――ああ、王妃さま。いけません。助けにきてくださったのは、涙が出るほどありがたいことです。ですが、禁足令を破ったとあれば、いくら王さまのお力をもってしても、王妃さまはもっと不利に…。


「李穂明」

 呼びかけた王妃は、すでにいつもの柔和な顔つきに戻っていた。

「潮目が変わる。すでに柳宝裕りゅうほうゆう呂大卿りょだいけいの邸には、王の使者が遣わされたと聞く」

「えっ……」

 李穂明の顔色がはっきりと変わった。

「禁足令を受けている私でも知っていることを、そなたが知らぬとは。なぜこの場に主上づきの劉星衛がいると思う?その理由も合わせ、そなたの立場を今一度よく考え直すがいい」

 そしてさっと衣の裾を払うと、昂然とおもてを上げ禁衛府を出ていった。

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