第13話 龍と鳳凰

 そんなわけで、彼女たちは宦官部屋でこっそり「実践」の仕儀に相成ったわけである。

 柔和な顔立ちの秋烟しゅうえんが愛麗役となって寝台に横たわり、右脚を高く上げている。女物の服を着ているが、これは鸚哥いんこが主君である呂氏りょしの服を密かに持ち出したものだ。いっぽう子良しりょう役の朗朗ろうろうは、秋烟の両脚の間で膝立ちとなっている。


「ええと、『鳳凰が桐の上に宿り、翼を広げて片脚を上げ打ち震えれば、青龍は雲から降りてとぐろを巻き』」


 艶本を読み上げる役は鸚哥いんこで、観察して気が付いた点を書き留めるのは鈴玉りんぎょくである。

 秋烟は初めこそ恥ずかしがっていたものの、いざ寝台に上がると覚悟を決めたのか、芝居ぶりもなかなかのものである。彼は読み上げられる描写に従って、妖艶に微笑むと、覆いかぶさる朗朗の背にするりと腕を回した。朗朗は掲げられた相方の脚を左脇に抱え込み、右手を伸ばして衣のあわせの紐をゆっくりと引いた。それに合わせて、女官二人の喉がごくりと鳴る。


「で、どうだったっけ?」

「『龍は舌を鳳凰のくちばしの下に伸ばしてついばみ』よ」

「えっ、今はいいけど、この体勢のままでいたら、俺の腕も脚もそうだよ。こういう場面を書くとき、実際に観察したことだけではなくて、宮中に伝わる古い房中術ぼうちゅうじゅつの書物もこっそり拝借して参照したけど、本当にあれを書いた人、こんな姿勢を取ったことあるんだろうか?……描き方も、もう少し考えなきゃな」

 ぼやく朗朗に、鈴玉と鸚哥は顔を見合わせてくすくす笑った。それからまた、鸚哥は続きを読み始めて、宦官たちは芝居を続けた。


「『龍は尾を絡ませて』……秋烟、もうちょっと寄らないと、朗朗が苦しいと思うわ。姿勢が崩れてしまいそう」

 鈴玉が注意するそばから、朗朗は「わあっ」と声を上げざまひっくり返り、いっぽう秋烟は「むふっ」と呻き声を挙げて、あえなく相方に潰されてしまった。

「うう。痛いなあ……」

「ああ、大丈夫か?悪いな秋烟……段々腕が痺れてきたり、舌が回らなくなってきたり……ふう」


「はい、お疲れ様」

 にやにやと笑っていた鈴玉だが、朗朗がうっすらと額に浮かんだ汗を手の甲でさっと拭う仕草、そして秋烟がはだけた胸元を合わせる手つきにどきりとし、頬を染めてうつむく。寝台から降りた朗朗は微笑んで首を振った。


「いい眺めだったわよ、才子佳人さいしかじんのお二人さん」

「お褒めに預かり、恐縮至極」

 やはり寝台を出て、大仰に拝礼した秋烟はくすりと笑った。

「どうせなら、口でも吸い合えばよかったのよ」

「そんな……」

 秋烟は鈴玉の遠慮のない言葉に絶句して顔に血をのぼらせ、いっぽう朗朗は「ははは」と声を上げ、挑むような目つきになった。

「よくも我が相棒に恥ずかしい思いをさせたな、じゃあ、敵討ちだ。今度は、鸚哥と鈴玉で実演してみたらどうだい?」

「私たちで?」

「女官と女官が……という設定の小説だって書けるんじゃないかな。実際、この宮中ではたまに『そういうこと』もあるんだし」

「ええっ、そんなことが?」

 仰天した鈴玉を前に、宦官二人は頬を寄せ合うようにして、ふふふと笑っている。

「やっぱり鈴玉は世間知らずのだ。鸚哥は当然知ってるよね?」

 朗朗のからかいに対して、言われた方は顔を真っ赤にし、袖でぺちんと相手をはたいた。


「そんなことを言うんだったら、宦官と宦官の恋だって書けるじゃないの」

「ははは、読む人がいるかな?」

「そりゃ、女官はそういう話だって好きだと思う」

 ふうん、と朗朗は何かを考えているかのようだった。


「まあ、それにしても、実際にやってみてわかることもあるものだね。実際に見たり聞いたりしたことを作品に落とし込んだと思っても、結局は今までの描写を踏襲したに過ぎなかった」

 相棒の言葉に、秋烟も頷く。

「そうだね。でも露骨に書いては品格を落とすことにもなるし、さじ加減が難しいや。それはそうと、鈴玉、提案してくれてありがとう」

「ううん、そんなこと……」

「あら、私には礼もなし?せっかく苦労して秋烟の衣装を調達してきてやったのに……」

 鸚哥の抗議に、秋烟は「ごめん」とばかりに舌で唇を舐める。鈴玉は、鸚哥の口調のうちに戯れでない、わずかな棘を感じたようでひやりとした。


――そもそも彼等との出会いだって、鸚哥あってのことだから、私が出しゃばっているように思っているのかしら。


 以前の鈴玉なら気が付かないか、気が付いても一顧だにしなかった考えではある。だが、いまの彼女はそうではなくなっていた。

――まあ、気のせいかしらね。ああ、こんなことに気を回すなんて馬鹿みたい。


 何となくぎこちない雰囲気となった女官たちは、それでも秋烟が女装を解いて服を返すのを待ち、礼を述べて引きとった。それぞれの御殿への帰途、女官二人は黙りこくったままだったが、やがて鈴玉は沈黙を破り、咳払いして鸚哥に話しかけた。


「変なことを言うようだけど、私はあなた方の間に割り込むつもりはないのよ」

「あら、そう?まあ、私だって別に気にしていないから」

 その言葉とは裏腹に、鸚哥の苛立ちを感じた鈴玉は再び無言の行に戻った。


――こんなつまらないこと、言うんじゃなかった。

 背徳的で蠱惑こわくめいて楽しかった、せっかくのひと時にけちがついたようで、鴛鴦殿に戻った後も彼女の表情は晴れなかった。

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