第17話 色彩の束

 翌朝、鴛鴦殿えんおうでんでは王妃の身じまいを手伝うために、女官達が忙しく、しかし優雅に立ち働いていた。白粉おしろいの入った黒い磁器の蓋が取られ、びん付け油の入った白磁の壺が置かれ、銅鏡が鏡台にかけられ、幾本もの櫛が盆に並べられた。


 林氏は肩に布をかけて微笑みながら、香菱に髪を梳かれている。

「あの……」

 髪が結いあがるのを待って、鈴玉がいつもとは違う遠慮した調子で、一つのはこを差し出した。

「何?」

 林氏と香菱が同時に声を上げ、差し出されたものを覗き込む。そして、二人ともあっと声を上げた。

「まあ」

「これは……」


 函に置かれていたのは、生花で編まれた髪飾り。桔梗ききょうに、他のいくつかの花々と草で編み込んである。花々は昨日後苑で、秋烟から「口止め料」としてもらってきたものである。

「綺麗ねえ」

 王妃は眼を細めて花の小宇宙を眺め、それから手を垂れてかしこまる若い女官に微笑みかけた。

「これは、鈴玉が?私のために、わざわざ?」

「さようにございます、王妃さま」

 鈴玉は上ずった声で下問に答えた。

僭越せんえつなこととは存じますが、お似合いになるかと思いまして…」

「僭越などと……」

 林氏は首を横に振り、鈴玉のほうに両手を伸ばすと、つと彼女の右手を包み込んだ。


「真心が籠っていて嬉しいわ。ねえ、香菱?」

 香菱もいつもの鈴玉に対するつっけんどんな態度を引っ込め、眼を見張ったまま頷いた。


「さあ、早速つけておくれ」

 平素つつましさを好む王妃もさすがに嬉しいのか、髷に花飾りが当てられ、その脇から銀の簪が草の編み目を縫って花を止めるさまを、鏡を通してずっと眺めていた。

「どうかしら、映える?」

 頭をこちらに振り向けた妃に、鈴玉はどきりとした。彼女の予想よりはるかに似合っていたからだ。

「よくお似合いにございます」

「そう」

 ふわりと笑った林氏に、鈴玉は何故だか泣きたくなった。

「鈴玉、何よ、涙まで浮かべて……」

 香菱の叱責に泣き笑いの表情を返し、鼻をすすりながら鈴玉は、白粉除けの肩布を取り去った。


 だが。

 鈴玉は立ち上がった林氏を見て、わずかに首を傾げた。

――何だろう。

 首から上はいい。だが下はというと、どこかに違和感がある。髪飾りの雰囲気と、重厚な衣装がどことなくちぐはぐなのである。やはり最初のときのように、全てを統一したほうがいいのでは?でも、衣装は香菱がやることと決まっているし……。

「うーん……」

 思わず声に出してしまった鈴玉に、香菱は気が付くところがあったのか、ぺちんと同輩の頭をはたいた。


「どうしたの?」

 笑みを含んだ林氏の問いに、鈴玉は取り繕って打ち消した。だが、主人が女官たちの朝の拝謁を受けるため鴛鴦殿の宝座に臨御したのち、王妃の寝室で身じまい道具の片付けをしていた鈴玉は、なにやら真剣に考え込んでいた。

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