第7話 バラヨシ帰り
「……ぅあ?」
「タッ、タタタタタタ――タイッ、タイチかっ?」
「……ノリかよ。ヒトの携帯にかけといて『タイチか?』もねぇだろ、ったく」
枕元で振動し続ける電話に無理に起こされたせいで、不機嫌さが丸出しの対応になってしまった。
ディスプレイに表示されている時間は、午前四時六分。
休日だからまだいいものの、社会人相手に電話するには若干の非常識さが否めない時間帯だ。
「だからっ! やべえんだって。マジで、マジでやべえんだって!」
「声でけえし、とにかく落ち着けよ。どうした? 事故でも起こしたか?」
ボリューム調整の狂ったノリアキの声は震え、あからさまな興奮状態だ。
とりあえず落ち着かせようと、ゆっくりとした口調で質問を返すが、電話の向こうの前のめりは止まらない。
「ああああっ、んん、ちょっ! これから、その、そっ、そっち行くから、な! なぁ! ににっ、二十分、二十分くらいでっ!」
「いや待てよ、ウチは今カノジョが――」
来てるから、と断る間も与えられず通話が切れる。
落ち着きのなさには定評のあるノリアキだが、これは今年一番のワケの分からなさだ。
大きく欠伸をしつつ着信履歴をチェックしてみると、ノリアキは五分くらい延々と呼び出しを続けていたようだ。
「んぁ……どしたの?」
ノリアキの声がデカかったせいか、隣で寝ていた彼女も起きてしまったようだ。
諦めて明かりを点けると、Tシャツ一枚のカナエが眠そうに目を
「電話? 誰から?」
「ノリアキ」
「ん……? ああ、あの友達のニートくん」
「そう、そいつ」
先月だったか先々月だったか、地元の仲間達が集まった飲み会にカナエを連れて行った時、ノリアキとは顔を合わせている。
正しくはニートじゃなく、五年勤めたブラック会社を『休日が半年で九日しかしかない』という理由で辞め、今は失業保険を貰いつつ求職中だったはずだ。
「で、何だったの」
「よくわかんねぇけど……今からウチ来るって」
「は? こんな時間に?」
カナエの棘のある声からは『フザケんな』という意思が濃厚に伝わってくる。
こっちも気分的には似たようなものだが。
「えー、どうしよ。化粧めんどいなー」
「大丈夫だって。玄関先でちょっと話して帰らせるから、挨拶とかもしなくていい」
「うぅん……」
不承不承、といった風にカナエは頷く。
ノリアキの用件は不明なままだが、どうせ大した話じゃないだろう。
オフタイマーが作動し、エアコンはとっくに止まっている。
じっとりと汗ばんだ肌に、薄手のシャツが重く張り付いて気分が悪い。
「うぁあ、ダルぅ……目ぇ、覚ましてくる」
溜息混じりに吐き捨てながらベッドを出て、首を鳴らしつつユニットバスへと向かう。
ドアを開けようとした所で、カナエがエアコンを入れる電子音が小さく響いた。
時間も半端だし、ノリアキを追い返してからガッツリ二度寝するか。
でも折角の早起きだし、カナエと車で遠出するって手もあるな。
ぬるい水流を浴びながら、休日の過ごし方に思いを巡らせる。
手早くシャワーを終わらせ、カナエが作ってくれたインスタントコーヒーに口をつけていると、鉄製の階段をけたたましく駆け上がってくる音が。
それから悪質ないたずらのようなチャイムの連発と、力ずくでドアノブを回そうとする音が続き、思わずコーヒーを軽く吹き出す。
時計を見れば、そろそろ四時半になろうかという頃合だ。
あれだけテンパっていても時間を守る、というのは律儀というか何というか。
「着いたらまず電話しろっての、馬鹿タレが……」
不安そうに見上げてくるカナエを残し、小走りで玄関へと向かう。
外の明かりを点け、万一を考えてチェーンを外さずに鍵を開ける。
ぬっ、と出てきた真っ赤な手がドアの縁を掴む。
「ふおっ!?」
「タッ、タイチ! おっ、俺だ! ああ、ああああっ、開けてくれっ、開けてっ!」
どもりまくっているが、長年慣れ親しんできたノリアキの声だ。
真っ赤に染まった震える右手は、小指と薬指が妙な捻じ曲がり方をしている。
騒がしさと一緒に、生臭さも室内に流れ込んでくる。
どうした?
何があった?
その怪我は?
脳裏に浮かぶ疑問点は色々とあったが、こいつの大暴れを放置してしまったら、今後のアパートでの生活に悪影響が出る。
そんな判断から、とりあえずノリアキを中に入れようと決めた。
「わかったから、ちょっと待ってろ」
「はっ、早くな、早くっ! 早くしろってんだっ、たらぅあっ!」
「うるせぇんだよボケ! 時間考えろって。すぐ開けるから手、引っ込めとけ」
「ああ、わかって、わかってったら! だからった――早んくっ! 頼むんかよって!」
日本語まで怪しくなってきたノリアキに注意するが、声はデカいままだ。
一度ドアを閉めてから、チェーンを外して大きく開ける。
ノリアキは、文字通り転がるように駆け込んできた。
土足のままでキッチンを抜け、ドタドタと奥の部屋へと走って行く。
「ちょっ、靴! 靴!」
「ぇひゃっ? なっ、えっ? 何が?」
どう見ても普通ではない
ノリアキは血走った目を見開き、汗だくの状態で肩で息をし、右手は乾きかけた暗赤色に塗れていた。
水色のシャツとカーキ色のパンツには、点々と海老茶色のシミがはねている。
俺としても、ロクでもない何事かに巻き込まれる予感がしてならず、下腹の辺りに軽めの
「おいノリ、何があったか知らんが、まずは靴を脱げ」
「うぅ? あ、ああ……そうか、そうだな。すっ、すまん……」
部屋の中をキョロキョロと見回し、カーテンを勢い良く開けては慌てて閉める、みたいなまとまりのない行動をしていたノリアキは、少し正気を取り戻したのか慌ててブーツを脱いで俺に渡してくる。
靴底にはタールに似た黒色がへばりつき、全体が灰色の粉末に覆われている。
どこ行ってきた?
何をしてきた?
怯えてる理由は?
次々に疑問が湧き上がるが、汚れ果てた靴で踏み荒らされた床の惨状は、そんな諸々を忘却の彼方に追い遣るのに十二分だった。
「ていうかお前、マジでフザケんなよ! 何してくれてんの?」
「いっ、いや、その……悪いけど、もうそれドコじゃ、ねっ、ねんだよ」
「あ?」
「そ、それよかタイチさ、ちょっと外……見てきてくんねぇか」
「何で――」
「いいから! 早く!」
怒鳴るノリアキに対し、カナエは完全に『頭の変な人』を見る目を向けている。
きっと俺も、似たような視線でノリアキを捉えているのだろう。
いくら付き合いの長い友人だろうと、いい加減に付き合いきれない。
「あのさぁ。さっきからもう、全然ワケわかんねぇんだけど……何なんだよテメェは? こんな時間に人んちで大騒ぎとか、シャブでもキメてんの?」
「お願いですからっ、外を見てきて下さい! お願いしますっ!」
相変わらず音量がオカシいが、発言の内容はもっとオカシい。
そして態度は絶望的にオカシい。
言いながらノリアキは、俺に向かって土下座していた。
何度も何度も床に額を打ち付け、ゴッ、ゴッ、と鈍い音を立てている。
「なっ――何だよ、何してんだよ! やめろって! わかったから! あれか、外だな? 外、見てくればいいんだな?」
土下座の体勢から動かなくなった友人と、目前の出来事にドン引きしている恋人。
そんな光景に
照明が届く範囲に人影は見えず、不審な物音なんかも聞こえてこない。
ドアを開けて廊下を確認してみるが、人の気配は感じられない。
昨日の余熱をたっぷり含んだ、湿った夜明けの風が手足を舐める。
建物前の駐車スペースにも、その先の道路にも人影はない。
耳を澄ましても、どこか遠くで犬が鳴いているのが分かるだけだ。
「何だってんだよ、ったく……」
独り言ちながら、静かにドアを閉める。
ノリアキの様子が変なのは間違いない。
それはそれとして、問題はその原因だ。
どんな深刻なトラブルに巻き込まれれば、ノリアキのようなチャランポランな人間が、あそこまで挙動不審に陥るというのか。
事件・事故・喧嘩・犯罪・逃亡・警察――厄介事を予感させる単語が続々と浮かぶ。
まずは事情をちゃんと確認しておくべきだろうか。
寝室兼リビングに戻ると、土下座の姿勢で固まっているノリアキに声を掛けた。
「外、見てきたけど……何もねぇし、誰もいねぇぞ」
「そっ、そうか……そうなのか」
上半身を起こしたノリアキの顔が、この部屋に来てから初めて緩んだ。
足を崩し、深々と溜息を吐きながら背を丸めた姿は、この数分で十近く歳をとったようだ。
「何があった? 誰かに追われてんのか?」
「おっ、俺にも何が何だか、わかんねぇんだよ……マジで。まさか、まさかアレであんなんなるとか、オカシいだろ! めっちゃ意味わかんねぇって」
「こっちはもっとわからん。とりあえず、ウチに来るまでにあったコトを説明しろ」
「あっ、ああ……」
カナエから差し出された濡れタオルで右手を拭いながら、ノリアキは視線を上方に彷徨わせる。
両手とも、小刻みな震えが続いていた。
右手は小指と薬指が折れているだけでなく、手の甲や手首の辺りにも深い引っ掻き傷が何本も走っていて、今もじわじわと血を滲ませている。
痛くないのか――と訊きたくなるが、こんなの痛いに決まっている。
恐らくそれどころじゃない何事かが、ノリアキの身に起こったのだ。
湧き上がる厭な予感に、背骨が痺れるような緊張が収まらない。
「今日――いや、もう昨日か。晩飯食った後にさ、コーちゃんから電話あったんだわ」
「ああ、コーイチと出かけてたのか?」
「そう。俺が車出して、コーちゃんと、コーちゃんの彼女……えー、サキだっけ? と、あともう一人、エリカって子。その四人で、あそこ行ってんだ、バラヨシ」
「……マジでか」
地元から五駅ほどの距離にある、何の名物も名産もない広大なベッドタウン、
そこで飛び抜けた知名度を誇っているのが、『バラヨシ』と呼ばれる心霊スポットだ。
バラバラ殺人のあった吉田さんの家――略してバラヨシ。
老婦人とその息子夫婦、そして幼い姉妹の五人が惨殺された、強烈なイワク付きの家。
吉田じゃなくて吉野さんだったり芳村さんだったりの説もあるが、基本となるストーリーラインは変わらない。
友達の友達が行ったって話があっても、実際に場所を知っている奴はどこにもいない、ありがちな都市伝説系のヨタ話、だったはずだが。
「エリカの先輩ってのがな、ついこないだバラヨシに行ったらしくてよ。それで詳しい道を教わってたんだわ」
「いやいや……にしても行くかぁ、あんなトコよぉ?」
思わず裏返った声が出てしまう。
地元が遠く、こっちに出てきたのが最近のカナエは、バラヨシを知らないのか
この手の禍々しい場所には、漏れなく呪いや祟りの物語がついてくる。
バラヨシも例外ではなかったが、言い伝えには様々なバージョンがあり、どういう呪いなのかはハッキリしなかった。
ただ、知名度の高いバージョンには全て『男の子が出てくる』という共通点があった。
そして、高確率でバラヨシに行った連中の誰かが死ぬか狂うかの、エクストリームなオチがついている。
このブレのなさは気になるところだが、未だに由来に関する定説は存在しない。
殺された女の子ではなく、得体の知れない男の子が突然混ざり込んでくる据わりの悪さも、バラヨシのインパクトを底上げしている気がする。
「コーちゃんとサキが、バラヨシの場所わかるってなったら、何かすげえテンション高めちまって。止めるのもシラケるし、行くしかねえかってなって、それで」
「ちょっと待て、ノリ。エリカってのは誰だ? 初めて聞く名前だけど、サキの友達とか?」
「いや、よくわかんね。二人と一緒にいた」
「わかんねぇって……それと、コーイチとサキはどうしてるんだ?」
「二人? ああ、二人は……車ん中にある」
そういえば、駐車場にノリアキの車がなかったな。
「何で一緒に来ないんだよ」
「何でって、そりゃあ……」
言い澱んだノリアキは、指先から肩、肩から背中、背中から全身に震えを拡げる。
何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で。
そう小声で繰り返し、両の瞳が素早く不規則に動き続けている。
「おい、おいノリ。超プルってるけど大丈夫か」
「そうだ。そうなんだよ。俺、もう行かなきゃ」
「いやおい、行くって、ドコへ?」
俺の質問を無視したノリアキは、無言でベランダまで歩いて出ると、自然な動作でもって柵を乗り越えた。
「バッ――なっ――」
馬鹿野郎何してんだ、という叫びは声にならず、後を追ってベランダに飛び出した。
二階だから大怪我はないだろう――そうは思っても、怪我した友人が倒れている光景など見たくないので、様子を確認するのが
カナエも後から追って来たので、二人並んで恐る恐る下を覗いた――が、ノリアキの姿はない。
「あっ、あっち!」
カナエの指差す方を見ると、妙な挙動で走っている人影が見えた。
夜明けの薄明かりではハッキリとは見えないが、畑を猛然と突っ切っているのは恐らくノリアキだ。
「靴も置きっぱで、ドコ行くんだあいつ」
「携帯も忘れてるよ。ってか、大丈夫なのあれ? 本格的にラリってんじゃないの?」
「かもな。にしても、バラヨシに行ってきたとか……何が何だかサッパリわからんわ」
カナエから渡されたノリアキの携帯は、妙に脂っぽくヌメっていた。
それが手の中で震えながら、デタラメにリコーダーを吹き鳴らしたような高い音を立てる。
「うぉおあっ!」
反射的に壁に向かってブン投げそうになるが、寸前のところでガマンしてディスプレイを確認する。
電話帳に入れてある相手からの着信――なのか、これは。
表示されている登録名は『蕎ぅ◆ぺqミ$ビ/6f綴*ぢM』という、文字化けを思わせるデタラメな羅列。
顔を上げ、横から覗き込んでいたカナエと見つめ合う。
二秒ほどの間を置いてから、彼女は凄い勢いで首を横に振った。
電話に出たらロクでもない何事かが起きる――そんな予感は俺にもあった。
なので、ノリアキの携帯はソファの上へと放り投げ、鳴り止むのを待つことにした。
その決断から三分後。
携帯は延々と耳障りな笛の音を流し続けていた。
時々『かっこう』や『ちょうちょう』といった馴染みのあるメロディに似た音が混ざるのだが、すぐに甲高い雑音や痰を切るような不快音に掻き消され、また意味のない音の連なりが帰ってくる。
「ねぇ、タッちゃん……何なの、何なのこれ」
「知るかよ……」
気の利いた一言でカナエを安心させるような、彼氏としての甲斐性など頭から吹き飛んでいた。
とにかくこの状態を終わらせたい。
いや、終わらせよう。
そう考えた瞬間、半ば無意識に体が動いた。
俺は鳴り続けている携帯を拾い上げ、そのまま電源を切ってすぐに外へと投げ捨てた。
長い溜息を吐きながら、ノリアキが走り去った畑の先に視線を向ける。
ブーーーーーーーーーーーーーン
「ヒッ――」
低い振動音が響き、カナエが短く悲鳴を上げる。
俺の心臓も結構な勢いで跳ねたが、これは俺の携帯にメールが着信した音だ。
枕元に置きっ放しの携帯を確認すると、差出人はサキになっている。
タイトルも本文もなく、音声ファイルだけが添付してあった。
「こっ、こういう場合、再生すると絶対ヤバいことになるよね」
「だな」
ホラー映画だと、と続くであろうカナエの言葉に頷き返す。
とは言え、あの普通じゃないノリアキを見てしまった後では、何がどうなっているのかを知る手掛かりをスルーできない。
何度か深呼吸をした後で、俺はサキの携帯から送られたファイルをクリックし、スピーカーモードで再生した。
ヴォリュームを絞ったTVの砂嵐みたいなノイズが続き、そこに別種の音が混ざる。
笑っているのか泣いているのか、とにかく普通ではない状態の遠い声が、マイクに拾われているらしい。
『――で、ここがバラヨ――のか?』
『うぅわぁ、もっ――だね』
ノイズと変な声を押し退け、切れ切れに聞き覚えのある声が割り込む。
ノリアキとサキだ。
どうやら、バラヨシに到着した辺りから録音が始まっているらしい。
『なぁ入口とか――裏? 裏って――』
コーイチの声もする。
変な声はずっと続いているのだが、こいつらは気付いてないのか。
しばらく音が途絶し、十秒ほどしてから再会される。
相変わらずのノイズと、そこにカブってくる例の声。
さっきよりクリアに聞き取れるものの、言っている意味は把握できない。
『――マジでな。ありえね――ノリ。何してくれてんの』
『キャハハ――あ、そうだ。ねぇねぇ、呼んでみ――ヨシダさーん、どこですかー?』
『どこなーん? いるんでしょ――たら、いたら返事して――いよー』
屋内にいる様子のコーイチとサキが、ジャレ合いながら呼びかけているが、当然ながら返事はない。
そこでフと思いついて、スピーカーの音量を大幅に上げてみた。
『ここっここっここっここっここっここっここっここっここっここっここっここっ』
「いやぁあああっ!」
「ぬうぉあああっ!」
カナエの悲鳴を耳にしながら、俺の口からも叫びが漏れる。
そして反射的に、携帯を壁に向かって投げつけていた。
短い破砕音と引き換えに、楽しげな子供の声は止んだ。
繰り返されていた言葉は『
サキのどこですかって問いに対する返事なのか、それとも――
『ガンッ』
思考を寸断させる大音量と部屋全体を揺らすような震動が、ドアの方から響いた。
それは二回、三回、四回、五回と轟音を立て、それからピタリと止まる。
これはもう、ノックじゃない。
というか、全力で拳を叩き付けているとしか思えない。
音は止まったが、もしこれで終わらなかったら、どうする。
逃げる――もし、ドアを開けて何かと遭遇したり、開けた途端に入り込まれたら。
警察に――いや、警察官が来たとして、何をどう説明して助けを求めればいいんだ。
シミュレーションは堂々巡りを繰り返し、俺は身動きが取れなくなった。
カナエも不安げにキョロキョロするばかりで、黙々と荒い呼吸音だけを立てている。
動くに動けないまま、夜明けが朝になった頃。
部屋の中に、チャイムの音が鳴り響いた。
それからは大騒ぎだった。
結局、隣か階下の住民からの通報でやってきた警官に事情を訊かれることになり、自分でも何だかわからないまま説明していると、血相を変えた別の警官が駆けつけてきた。
ウチから徒歩五分ほどの場所で、空家のブロック塀に突っ込んだ状態の車が発見され、車内には男女二人の遺体が残されていたのだという。
事故っていたのはノリアキの車で、死んでいたのはコーイチとサキだ。
その後、コーイチが溺死でサキが縊死だったというバラバラな死因と、車の持ち主であるノリアキが事件当日から失踪しているのが報道された結果、TVやネットはこの怪事件をネタに推理合戦を開始していた。
ノリアキと最後に会った時、何を話したのかは警察署で詳しく説明したのに、その後も俺のアパートは何度も刑事がやって来るわTVや雑誌の記者に押しかけられるわで、連日連夜の大騒ぎだ。
耐えられなくなった俺は、荷物も殆ど持たずにカナエのマンションに転がり込み、そこで同棲というか居候のような状態に落ち着いた。
二週間近くが経って徐々に報道は下火になってきたが、素人探偵と煽り屋が掃いて捨てるほどいるネットでは、まだまだ熱気が残っている。
どこから漏れた情報なのか、ノリアキの車に積んであったドライブレコーダーには、四人分の音声が記録されていた、というような噂話も出てきていた。
「そういえば、エリカって誰だったんだろう」
「ん……そういえば、そうだな」
壊してしまったので買い換えたスマホでネットのオカルト系掲示板を見ていると、後ろから覗き込んできたカナエがそんなことを言う。
エリカって子もそうだが、何が何だかわからないことばかりだ。
ウチのベランダから飛び降り、裸足で畑を突っ切って消えたノリアキだが、畑に残っていた足跡は十七センチから十八センチくらいの、靴を履いた子供の足跡だったらしい。
そして、俺が放り投げたノリアキの携帯は、今に至るも発見されていない。
バラヨシについても警察に伝えたのだが、報道にもネットの噂でもそれに関するモノは出てきておらず、
俺が謎を解くべきなのかもしれない――そんな思いが全くないと言えば嘘になるが、行動を起こすことは多分ない。
理由はシンプルだ。
あのメールに添付されていたファイルを開いた直後、激しく叩かれたアパートのドア。
後になってドアを調べてみると、五箇所に傷が残されていた。
傷というか、直径と深さが共に二センチ程度の穴なのだが、その全てに青色のビー玉がヒビ一つ入っていない状態でメリ込んでいた。
金属製のドアにそんな芸当をこなす存在を相手に、一体何ができるというのか。
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