第37話 マックで女子高生が

「ていうか例のヤツ、また来てたの? そろそろヤバくない?」

「あー、ね。ヤバい気もすんだけど、何がヤバいのかわかんないのがマジヤバい」

「何それウケる」

「ウケねぇし。超キモいし」


 取引先の担当者と五時から会う約束だったのが、先方の都合で一時間ほど延期になり、時間つぶしに入ったバーガーショップ。

 半端な時間と半端な立地のせいか、客席はやや過疎気味だ。

 スマホをいじりながらコーヒーを啜っていると、近くの席にいた制服姿の女子高生二人組の、テンション高めな会話が聞こえてきた。


「ホントね、あんなん何度も貰っても意味わかんないから。言いたいことあんならさ、手紙でも一緒に入れて来いっての」

「まぁ、アレじゃない? 察してちゃん?」

「そこまで察せないって! メンタリストとかじゃないんだから」


 どうやら、ミルクティーみたいな色のボブの子『サキ』に宛てて、何か妙なものがいくつも届けられているらしい。

 話し相手になっている背の高い子『ジュリ』は、うれいたっぷりなサキとは対照的に、不可解な状況を楽しんでいる様子だ。


「最初は何だっけ? クギだっけ?」

「そう。こんぐらいで、真っ黒になってるのが、二本」

「ショボい手作りの封筒に」

「そうそう。新聞紙を折って作ったのが、ゲタ箱に」


 サキは人差し指と親指の間を広げて、釘の長さを表現する。

 長さからして十センチ前後だろうか。

 ちょっと聞き捨てならない雰囲気になってきたので、スマホの画面を眺めているフリをしながら、二人の会話に意識を集中する。


「それよっか、材料の新聞が昭和ってのがまずウケるんですけど」

「だからウケてんなって。昭和四十何年とか、マジ何年前なのって話だし。下手すりゃ親も生まれてないし」

「めっちゃ意味わかんない。こわっ」


 ジュリの返しに、サキは眉根を寄せて言う。


「怖いってか、マジでキモいんだって。次は何か、やっぱ新聞紙にくるまれてるボロボロの木片だし。何なの、腐った木を送ってくるって。どこの国の風習?」

「まぁ机からアレ出てきた時は、ぶっちゃけ笑ったよね。椎茸しいたけとかガチで栽培しちゃうのかよって」

「しちゃわねぇから! つうか、してても学校持ってこないし!」


 二人の会話でつい笑いそうになるのを、歯を食い縛ってこらえる。

 それから、サキが受け取ったものの意味について考えてみたが、古びた釘と朽ちた木からは連想がどこにもつながらない。

 

「そんで、今回のはサビの塊だっけ」

「それ。マジもう最高に意味わかんない。わかんなすぎてヤバみしかない。また古新聞の封筒に入ってたのもヤバい」

「鍵かかったロッカーから出てくる、ってのがもっとヤバくない?」

「ホントそれ。ちょっとね、捨てるのもヤバそうだから……あれ吉田の机に入れたった」

「ぶはっ! 吉田ぁ? マジで? ぅははははっ、エグいわー」


 ジュリのケラケラ笑う声に、見知らぬ吉田への同情心が湧いてくる。

 にしても、サビの塊とはどんなシロモノだろう。

 そんなことを考えていると、サキが深々と溜息を吐いてテーブルに突っ伏した。


「あぁもう、マジで勘弁して。何なの、コレって」

「わかんねー。でもまぁ結局アレっしょ? 元々はカズちゃん先輩からっしょ?」

「だと思うんだけど……どうして先輩と同じことがアタシにも起きるんだか、そのシステムがわかんないっていうか」

「とりあえずカズちゃん先輩システム、略してちゃんテムと名付けとこうか」

「いや、何の解決にもなってないし。略す意味も名付ける意味もマジわかんないし」


 唐突にぶっこまれた謎ワード『ちゃんテム』に吹きそうになるが、ギリギリのところでしのぐ。

 それはさてき、二人の話にも急展開があったような。

 詳細はわからないが、サキに妙なものが届くようになったのは、カズちゃん先輩とやらが原因のようだ。

 

「つか、あん時さぁ、ジュリも一緒にいたじゃん? なのに、どうしてアタシんとこにだけそれ来んの? 何かズルいし、オカシくない?」

「そこはホラ、日頃の行いの差だよサキくん」

「うぅわ、マジでウザいわー、そのドヤ顔」


 そこから続いた話を簡単に整理してみる。

 二人は一月ほど前、学校の先輩に「古い新聞紙で包装されていたり、新聞紙製の封筒に入っていたりする、意味不明なものが届くようになった」との話を聞く。

 何だそりゃ、と半笑いで聞き流していたのだが、その数日後からサキにだけ似たようなものが届き始めた、ということらしい。


 ちなみに、先輩に届いたのは『黒焦げになったマッチ十数本』『全体が曇って何も映らない小さい丸鏡』『刃がボロボロの糸切りばさみ』『青色に塗られた大量のドングリ』といった品々だったそうだ。

 落ち着かない気分で耳をそばだててていると、その先輩の現在についての話に変わった。


「しっかし、二人揃って変なプレゼント貰いまくりで、マジウケるんですけど。そろそろお返しとか考えなきゃダメなんじゃね、人として」

「いやマジやめて、そういうノリ。アタシ的にはシャレんなってないから」

「カズちゃん先輩は、変なのが届くことに対して、今どんな感じなん? シカト? ヘコんでる?」


 ジュリに訊かれ、サキはスマホを操作しながら答える。

 その表情には、連続する怪現象への不安と、友人の能天気さへの苛立ちが見えた。

 

「わっかんない。月曜から学校来てないし、ラインも全然――あ、え? ちょっと待って。シュウ君、もう店の前に来てるって」

「は? 出る前に連絡しろって言っといたのに、マジあいつアホなの?」


 二人は慌しく席を立つと、乱雑にゴミを処理して足早に店を出て行った。

 何だか置き去りにされた気分で、制服の後姿を見送る。

 どちらかの彼氏か、その候補っぽい男友達との待ち合わせだろうか。

 しかし今日はもう木曜なのに、月曜から連絡がつかないらしいカズちゃん先輩はどうなっているのか。


 そんなことを考えつつ、打ち合わせに備えて資料を再確認しておこうと、足元のカバンの中からクリアファイルを取り出そうとする。

 すると、ガサッという音と共に奇妙な手触りが返ってきた。


 えっ――いや、まさかな。


 脳裏をぎる馬鹿馬鹿しい考えを否定しようと、それを指先で摘まんで持ち上げる。

 カバンから出てきたのは、全体が茶色く変色した見覚えのない紙包みだった。

 中身はわからないが、B5サイズくらいで重さは殆どない。

 包装に使われているのは有名な全国紙で、日付は昭和四十六年の九月―― 

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