第8話 村田のおっさんの話(居酒屋『ひさご』にて)

 おう、あんたか――確かに、こっちの店で会うのは珍しいな。

 あん? 初めて? そうだっけか。

 まぁ、いつも顔合わせてたのは『かわしま』だしな。

 こっちはまぁ、今日は焼き鳥じゃねえな、って気分の時に。

 ああ、こっちの方がぶっちゃけ、メニュー数は圧勝してっから。

 何だかんだで、酒は二割くらい安いからなぁ、『かわしま』は。


 つうか、飲み屋で会うのも三ヶ月ぶり、くらいか。

 まぁなぁ……医者から止められたのもあんだけど、それ以上に普通にしんどくてよ。

 それで自主規制っての? そんな感じで酒を控えてたんだけど、ココさんが――

 あれ、ココさん知らんか? ほら、モサモサっとした頭の。

 じゃなくて、化粧濃い目で、三十代後半くらいの。

 そうそう、それ、そのちょいポチャの、いっつも服が派手な子。

 ――あ? オレみたいなアラフィフからしたら、まだまだ女の子だっての。


 で、二ヶ月くらい前に、『かわしま』でココさんと会ったんだけど。

 細けぇことはいいんだよ、たまには息抜きもいるだろ。

 その時にココさんと、どうにもこうにも調子悪いって話をしたんだよ。

 したらあの子が、あたしがいいトコ知ってるから、今度一緒に行こうって。

 やっぱ、そう思うか? オレも、ちょっとアレかな、怪しいかな? とは思ったよ。

 だけどまぁ、イザとなったらバックレりゃいいかな、くらいの気持ちで。


 うん、行ってきたんだよ――奥多摩だか秩父だかの、なんつうか、寺?

 いや、寺っぽいけど違うのか? 道場なのか?

 とにかく、そういうアレな雰囲気のトコだ、うん。

 修行なのか何なのか、ちょっとした運動っぽいのはやらされたな。

 あとは、正座して延々と変な音楽を聴かされたり。

 んー、インドとかっぽい気もしたけど、ドコの国のだろうな。

 歌はなかったけど、時々喋り声は入ってた気はする。

 いやいや、何語だったかとか、そんなんわかんねぇって。


 参加者は――オレを含めて、十人だったかな。

 ココさんは、何か別のカリキュラムがどうこう言って、どっか行ってた。

 やらされた中で、特に変だったこと? となると、あの箱だな。

 色々やらされる合間に何回か、トースターくらいの大きさの鉄の箱が出てきて……

 中身? わからんけど、とにかくそいつを拝んで、悩みを言うんだよ、それに。

 オレの場合は、内臓の調子が悪いんで何とかしてくれ、って。


 んでまぁ、朝から夕方までそんなんしたり、筋張った野菜ばっかりのメシ食ったり。

 結局、払ったのは八千円くらい、だったんじゃねぇかな。

 一万出して、釣りが返ってきたから、多分そんなもん。

 帰り際に、仕切り役の爺さんは色々と『それらしい』こと言ってたなぁ。

 これで全部が元に戻るとか、繰り返しの浄化が必要なんだとか。

 あぁ? そこんとこ詳しく、って言われてもなぁ。

 悪ぃけど殆ど聞き流してたもんで、よく憶えてないんだわ。


 で、その帰り道だよ。

 その日は、ココさんの車に乗せてもらってたんだけど、急に凄ぇ吐き気が来て。

 違うっての! 車酔いなんて、生まれてこの方したことねぇよ、オレは。

 なのに、どうにも我慢できないレベルの吐き気だよ。

 こりゃマズい、ってんでとにかく急いで停めてもらって。

 ああ、ギリギリだったけど間に合った――いや、ゲロってる時点でアレだけどよ。


 あん時はもうワケわかんなくってな、焦ったなんてもんじゃないぜ?

 止まんねぇんだよ――んぁ、汚ねぇ話で悪いけどよ、もう全然止まらねぇの。

 道端で二分かそこら、ココさんに見られながらずーっとゲェゲェやって。

 もう腹ん中カラになってんのに、茶色っぽい臭い水が止まんなくて。

 そんで、ようやく収まったかと思ったら、でっかい塊みたいなのが、ぐわーっと。

 ぐわーっと、腹の奥からせり上がってくるんだわ。


 もうな、殆ど窒息状態だったんだけど、どうにかこうにかそいつを吐き出して。

 出てきたのが、こんな――違う違う、じゃなくて、ソフトボールよりデカいくらい。

 こんなくらいのよ、ゼリーみたいな感じで、赤と黒が、あの軍服みたいな……

 そうそう、その、迷彩? それっぽい色合いの塊だったんだわ。

 そのよ、オレから出てきたゼリーっぽい気持ち悪いの。

 それにな、ココさんがこう小瓶からプァアアッと。


 ん? だからこう、プァアアッと撒いたんだよ、黄色い塩みたいなのを。

 したらさ、その塊がポンッと融けたんだわ、一瞬で。

 うん、うん、いや、ドロッと行くんじゃなくて、瞬間で液体に。

 そんでココさんが言うには、オレの内臓から『毒』が出たってことらしいんだけど。

 写真、そうだな――写メでも撮っておけばよかったか。

 とにかく凄いインパクトだったんで、また行ったんだよ、ココさんと一緒に。


 え? ああ、それから二回行って、二回ともやっぱり吐き気が。

 でも赤黒の迷彩じゃなくてな、毎回違うんだ。

 二回目は、カエルの卵っぽい薄ピンクで半透明の紐が、ズルズルズルっと。

 三回目に出てきたのは、黒カビみたいなのに覆われた、電池に似てる何か。

 うん、単二サイズのやつが、五個か六個ボトボトッ――そう、柔らかい感じ。

 キモいはキモいんだけどさぁ、出ると調子よくなるのも確か、なんだよな。

 ココさんが言う通りの、効果があるのかも知れないんだけど、だけどなぁ……


 ちょっと、見てくれよ、これ……黒いだろ?

 この右手の爪がさ、寺に行って吐いてくる度に、一本ずつドス黒くなんだよ。

 うん、小指、薬指、中指って順番でなって、ぜーんぜん治らねぇの。

 医者? 診せたけど、特に問題はないから経過を見ましょう、って態度で。

 ココさんにも訊いたけど、あの子は自分はそんなの知らないって。

 でもあの子、基本つけ爪だから、本当の色はわかったモンじゃないよなぁ……


 これも心配なんだけど、あともう一つあってな。

 週に二回か三回――忘れてるだけで、もっとあるのかも知れないけどよ。

 とにかくそのくらいのハイペースで、夢に知らん子供が出てくんだわ。

 パジャマ姿で、たぶん男の子だと思うんだけど、顔がハッキリしない。

 オレが例の寺に行こうとするとな、その子が必死になって止めてきて。

 でも、どこの誰だかわからんし、どういう意味で止めてるのかもわからん。

 なぁ……オレは知らない子供とよく知らない女、どっちを信じればいいのかな。

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