十五日目〜十六日目

十五日目、ルーは小型犬と同じくらいの大きさになった。


ウォンは相変わらず変わらないが、勇ましさだけは大きくなった気がする。


勇ましさ。

又の名を、無謀な挑戦への勇気である。


「本当に止めた方がいい、それは無茶だ!」


ウォンは最近見つけた大きな泉に、木の上からダイブしようとしていた。


ルーはきゃう! と鳴きながら、尻尾を大きく左右に振っている。

お願いだから喜んでないで止めよう? な?


あたふたする私を尻目にウォンは華麗に空へと踏み出した。




ドボンっ!



そしてそのまま泉に真っ逆さま。

急直下、凄い勢いである。飛沫がこちらに飛び散るほど上がる。

呆気にとられていた私は、その音に慌てて泉に飛び込んだ。


ウォンが飛び込んだ辺りに行くと、ぶくぶくと泡が見えた。

そこからウォンは飛び出し「キュ!」と鳴いた。

私はウォンがドヤ顔している気がしてならなかった。こ、こいつ……!


その時、私の頭上で「がぅ!」と鳴き声が聞こえてきた。

私はその方向を向くと、ルーが木の上にいた。


ちょっとまてまさか。




ドバンッ!




ルーが降ってきた。




***


「キュ……クシュッ!」

「ぎゃうッ!」


「ふ、ふ……くしっ!」


すずっ……ああ、寒い、

洞窟の中、魔法で火を焚きながら魔法袋から出した荒い布で、ウォンとルーを拭いていく。



森は基本的に春ぐらいの気温だが、水浸しで徘徊できるほど暖かくもない。


泉で魚を取れないか試すつもりだったのだが、予期せぬ事態が起こった為、泉から帰還することになったのだ。


と言うわけで、今夜も魚は食卓に並びそうにない。


……魚、食べたい。

米が無くなる前に食べたい。


人間というものは欲望に限りがない。


私は、米を食べて治った筈の、日本人特有の日本食禁断症状が既に出始めていた。




塩味が欲しい。


……ああ、でも川魚だから塩味はないか…。


塩むすび。シャケ。梅干し。イクラ。昆布。海苔。明太子。


日本では当たり前に食べられた筈の品々が脳内に浮かんでは儚く消えてゆく。







……日本に居た頃は贅沢だったのだ。


私はそう思うことにした。



本心を言うと、私は街に買い物に行きたかった。

塩が欲しい。


でも、ルーやウォンを連れて行くわけには行かないしな……うーん。




……どうにか出来ないものかね。




***


十六日目の朝、ウォンとルーに朝御飯をやり、私は干し肉を齧っていた。

昨晩とうとうハルに貰ったお米が底をついたのだ。辛い。


慣れ親しんでしまった干し肉をがじがじ奥歯で噛み終えると、ウォンとルーと一緒に朝の散歩に出掛ける。


気を抜くといつの間にか、二匹が目の前から忽然と消えることがあるので気は抜けない。しかも一度や二度ではないのだ。

遊びたい盛りなのだろう。



「……ん?」


森の奥から、何かが物凄い勢いで近付いてくる音が聞こえた。

ウォンとルーは歩くのを止め、私の足の後ろに隠れる。



「……ッ!」


「…………ぅ!」


大音量の中、微かに混じる雑音。


それは徐々に大きくなっていき。



「ライラックゥウウウ!!!」


それはこの世でただ一人が知っている名だった。



それを知っているのは……



「ハル!?」




ハルバーナ・ルビストン、その人だけである。

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