三十日目

シソーラスと呼ばれる街への小旅行から我が家へ帰ってきて、早三日が過ぎた。


私はあの日に絡まれた経験から、体を鍛えるようになっていた。

あの時実感したのは、私は魔石が無ければこの世界では只の人以下だと言う事だ。



そして圧倒的なまでの力を奮った優矢を見て私は思ったのだ。



力は盾だ。


圧倒的なまでの力は、他の矛を退けるのだという事を。


その後にこうも思った。

もし、これから先ウォンとルーが再び危険な目にあったとしても、私は魔石が無ければ指を咥えて見ているつもりなのかと。


……そんなつもりは毛頭ない。




と言う訳で私は帰ってきてから毎日、ウォンとルーと共に一緒に早朝の森へ走り込みに行ったり、筋トレをしたりしている。


もし私が筋肉隆々のボディービルダー体型にでもなれば、誰も私の性別を間違えることはないだろうという思いも僅かにあった。

別に間違えられて悔しかったからではない。



「……はっ、はっはっぁ」


膝に手をつき、荒い息を整えようと何度も大きく吸う。

私より大分先に、ウォンとルーがこちらを振り返っていた。


「キュ?」

「クゥ!」


早くおいでよ、とばかりにウォンとルーが私を呼ぶのだが、もう無理だ。私の体力は尽きた。もう一歩も動けそうにない。


ウォンは普段よたよたとゆっくり歩いているのだが、走るととんでもなく早い。


自転車の全力疾走を想像して欲しい。


あのぐらいのスピードは余裕であるのだ。

弾丸のように野原を駆けていく姿に人間如きが追いつけるだろうか。


狼のルーは言わずもがなだ。

しかも、短距離タイプのウォンと違い、かなり長い間ルーは走り続けることが出来る為、更に追いつけそうにもない。


あっという間に小さくなっていくウォンとルーの背中を見ながら、障害物の多い山道を悪戦苦闘しながら進む私のちっぽけさが身に染みた。


ぬるま湯に使った人間の弱さが良く分かる。


段々マイナス思考に走り出す私を、純粋無邪気な目で見つめてくるウォンとルーに私は自身を叱咤した。まだトレーニング三日目だ。

これからだろう。



まだやれる。


まだ走れる。


頭の中で熱血教師が仁王立ちしている姿が見えた。



***


二時間後、私は洞窟の中で屍と化していた。


最早指先一つ動かすのが辛い。洞窟に帰れたのが奇跡だ。


力尽き倒れている私を尻目に、二匹はまだ遊び足りないとばかりに戯れ合っている。


ルーのふさふさの黒い尻尾が目の前を左右に揺れるのが見える。

ウォンはルーの頭に凭れかかっていた。

リアル垂れウォンバットだ。


そんな二匹を寝転がりながら眺めていると、急にバイブ音が私の腰あたりから鳴った。


「……ん?」


震えているポケットから、優矢から貰った携帯を取り出す。

ウォンはルーの頭から降りると、私の手を覗き込んでいた。


液晶画面には『メールが一件あります』の文字。


差出人は簡単に予想がついた。予想しなくても彼しかいないだろう。


……何かわかったのだろうか。


異世界から元の世界に帰りたいと言った彼の顔を思い出しながら、メールの画面を開く。


「from 神崎 優矢」

「題名 寿司発見」

「本文 柿の葉寿司っぽい寿司みっけ!」

「添付画像 一件」



……何だろう。急に携帯を地面に投げたくなった。

真面目に考えた私は何だったのか。


添付された画像を開くと、そこには確かに柿の葉寿司に良く似た寿司が写っていた。

丁度今は昼時。とんでもない飯テロである。


「キュキュキュ!」


ウォンがその画像に釘付けになっていた。

魔物は雑食らしく、大体何でも食べたが種によって好みはあるらしい。

ウォンは野菜や果物、穀物が好きでルーは肉や魚をよく食べた。



私は突然のテロ行為に遺憾の意を示す為、シソーラスで買い揃えた食材を幾つか取り出した。


塩……チルバと呼ばれている。

脂の乗った大きな肉……なんの肉かは結局よくわからなかった。

野菜各種……適当に五種類ほど。どれも毒性はない。


それと、鉄の細い棒を最後に魔法袋から取り出す。

元から何故か大量に入っていたのだが、何に使われていたのかさっぱりなので今回有効活用させて頂く。

恐らく本当の用途はまた別にあるのだろう。


そして、材料一式を持って洞窟の外に出ると魔法石を使い火を焚いた。

風の魔法を使いながら肉や野菜を切り分け、鉄串に刺していく。

店ではよく竹串に刺してあるが、バーベキューなどの時に竹串に刺して焼くと悲劇が起きるので注意だ。


火の加減を調整しながら、焼きあがるのを待つ。

タレがないのは残念だが、塩焼き鳥も、いや塩焼き肉なのか……も美味しそうだ。


私はその調理風景をテロ行為を働いた極悪人に送りつける。


暫くしてメールが何通か届いた気がしたが、その時私はウォンとルーと丁度いい色に焼きあがった串肉を食べるのに夢中だった。


ああ、美味い。

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