二十七日目 午後

「完全に詐欺じゃねぇか!!」


神崎が男泣きしながら空に吠えた。



 いや、それを私に言われても困るな。

 ……とはいえ、確かに久しぶりにあった同郷の奴が女装してたら私も動揺する。それは確かだ。


 言い訳をさせて貰うなら……。


 この町でちらほら歩いている魔法使いらしき人の服装は大体ローブのようだ。

 ローブは割と長袖のワンピースに似ていることもあり、そこまで自分の服装が浮かないのだ。そうして段々自分の服装の違和感を感じにくくなってきていた。

 慣れとは角も恐ろしい。


「……この服装は……その、成り行きで……」


「フツー成り行きでなるもんか!?」


 神崎が殆ど涙目で叫んだ。


……なんだろう。

ハルも私に会った当初はこんな感じだったな。いや、今もだろうか?

あの時は異世界人だから常識が多少食い違っても仕方がないと思っていたが、改めるべきかもしれない。


「私も本意じゃないんだ。……今から服を買いに行くつもりなんだが、神崎……っと、なんて呼べばいい?」


「下の名前でいいって。……まじかー……どんな成り行きだよ、恐ろし過ぎだろ……。あ、俺も着替え買いたいし、付いてってもいいか?」


 神崎、いや優矢はアイスを吹き出してベトベトになった服を摘みながらそう言った。


 誠に申し訳ない。


 優矢の喋り方はなんか割と軽いというか、今風と言うべきか、もし地球に居たらまず知り合いにならなかったのではないかと思う人種だ。少なくとも、今の私にとっては。


 ……そう言えば、優矢は先程のチンピラを取り押さえたとき、意味がわからないぐらい強かったな。

 鍛えたにしても限度があるのだが、彼の場合それをやすやすと超えていたように思う。


 ……これが噂の転生チート?


 そんなものがあるなら、私の身体能力もあげて欲しいものである。指先で人を昏倒させられるぐらい強かったら楽しそうじゃないか?そこまで強かったら私は旅に出ると思う。

……そういえば、服屋って何処にあるんだろうか。


「構わないが、何処に衣服屋があるか知らないか?」

 私はこの街に初めて来たから、店の場所も何もさっぱりわからないのだ。

頼みの魔法書も街の中に関してはさっぱりだった。人工物だからだろうか。


「あー、俺もそんなに来たこと無いんだよなぁ」


 優矢も知らないらしく、困ったように頬を搔いた。


……ふむ、どうしよう。



 ***



 服屋は通りすがりの人に聞く事で、案外直ぐに見つかった。


 優矢は置いてある品物の中では比較的白く袖の長い服を買っていた。シンプルなデザインだが、ファッションに疎い私でも彼に似合っているように感じた。


 私は店の中では安価な茶色の長袖長ズボンの上下セットの服を購入した。しめて百リペアだった。


……高いのか安いのか今一わかりにくいな。

取り敢えずワンピースからそれに着替えておいた。


……背中辺りの繊維が出ているのか、ごわごわする。痒いが我慢だな。



 午前中は食べ歩きしていたこともあり、今現在持っている残金は四百リペアちょっとだ。後は帰ってからも食べられるものを買って帰ろう。






「可愛いな、コイツら」


 暇なのか買い物にも付いてきた優矢が、私がギルドの近くで見つけた市場に良く似た売店所を物色しているとそんなことを言い出した。優矢の近くには目が覚めたウォンとルーが市場に興味津々といった様子で駆け回っていた。

ああ、元気なってよかった……。



「そうだな、確かに可愛い」


偶に肝の冷える悪戯をする事もあるが、それも含めて可愛いと思う。

親馬鹿? 知ってる。


「即答かよ! コイツらってハムスターとワンコ?」


そうツッコミを入れた後に、優矢は私に問いかけた。私はその問いに一瞬詰まったが何とか返答する。極力ウォンとルーの事はバレたくない。


 この街に冒険者がいる以上は。


「……ああ、そうだが」


「そっか、俺も動物飼いてぇな」


 優矢はルーの頭をわしわし撫でるとそう言った。


……彼には本当は伝えるべきなのかもな。



そんなことをふと思った。



 ***


私がギルド前に着いた時に、時計塔の鐘が九回鳴り響いた。

優矢もギルドに用事があったらしく、街中に鳴り響くその鐘の音を聞いていた。


「なあ、俺さ」

 ギルドの壁に持たれながらぽつりと優矢が呟く。


「……何だ?」

 私はウォンとルーを抱きかかえながら返事を返す。


「異世界から戻る方法を探してるんだ」


 酷く真剣な声だった。私は予想外の質問に思わず、優矢を見た。


「まだ何もわかっちゃいねーけど、来る方法があるんだからさ。絶対帰れる筈だろ?」


 元の世界に帰る……。

考えたことはあっても実行しようと動いたことはなかった。


「……そうだな」


「これ、渡しとくからさ。何かわかったら連絡くれ」


 そう言って私に投げ渡したのは見覚えのあり四角い──『スマホ』だった。


「……は?! 携帯!?」

「俺のスキル『物質具現化』で作ったやつだから、俺の魔力が尽きない限り充電不要の優れもの! 耐久性も抜群! 最高だろ?」


 ドヤ顔で親指を立てる優矢。

凄い! 凄いことをしてるのに全然凄そうに見えない! 顔のせいか!?


 そんな事を喋っていると、向こうから誰かが走ってくるのが見えた。


……あの走り方には見覚えがあるな。


 ウォンとルーもぴくりと反応していた。



「……て…………!」




「……遅れてごめんんん!!」


 ハルの大声がはっきりと聞こえた。

遅れるのは全然構わないから、ぶつかるのは止めて下さい死んでしまいます。

あまりの勢いに私は真剣にそう思った。


ハルはギルドの前に急ブレーキをかけると、


「大丈夫だった!?」


と私の襟首を掴んで上下に揺さぶった。ちょ、酔うから、酔うから……!


「あ、ああ、優矢が……いや、同郷の人と合ってな。そこに……」



「……いないわよ?」



……まさか、ハルの全速力に恐れて逃げた…?





いや、まさかな……。




 ***






「放浪癖をいい加減治さねぇか! この馬鹿野郎!」


「いやー、何時もすまねぇな、ガルド」

「そう思うなら治せ! 今すぐに!」



「あ、そういやガルド。女の子に負けたって聞いたんだけど、それマジ?」


「負けてねぇ、引き分けただけだ。……それよりだな! お前はもっと……!」



「あー、はいはい、わかってるってば」






「『勇者』としての自覚を持て、だろ?」






 ***


『神崎 優矢』


 種族 異世界人

 性別 男

 職業 勇者



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