四十日目

 ほんのり朝焼けが空を色づける時刻。


 何かが動く音が聞こえ、私は目を覚ました。

 蠢くその影は、まだ闇が濃厚に辺りを漂っているからか、はっきりと視界に捉えることが出来ない。


 目を細めると僅かにそのシルエットが浮かび上がった。


「……ルー?」


 小さくその影の名を呼ぶと、影はゆっくりと振り返った。暗闇の中、刀の切っ先のように爛々と光る瞳と目が合う。

 ルーは口に何かを咥えていた。



 それは、大きな




 ──芋虫だった。



 ***



 ……何か恐ろしい夢を見た気がする。


 洞窟の中に差し込む朝日が、私の意識を覚醒させた。


 体を起こすと何かが腹からごろりと転がった。

 それは夢で見たはずの、バスケットボールサイズの巨大な芋虫だった。


 ……おおう……。



 額に魔石はついていないのが信じられないぐらい、大きな芋虫は既に絶命していた。


 今朝見た夢が現実であったと言うならば、恐らくこの芋虫を仕留め、ここまで持って帰ったのはルーなのだろう。


 私は大型犬程の大きさに成長したルーが微睡んでいるのを見る。

 ウォンはルーの背中の上に乗って寝ていた。暖かそうだな……。



 ルーはもう狩りを始めたという事なのだろうか。


 ルーが大人になる時までもう時間はないのだと、私は開いた魔法書のページを見て思った。


「【ルー】

 種族 ブラットウルフ

 性別 雄

 年齢 約十三歳(成体まで後二十日)」



 日課としてすっかり定着したランニングを終え、私は一時期氾濫直前だったあの川に来ていた。もうあの日の激流はすっかり収まり、小川と化しているが、中にはきらきらと光る魚が泳いでいる居るのが見える。


 今日の予定は、ルーとウォンと共に魚取りをする事に決めた。


 網なんてものはないので手で鷲掴みだ。


 今晩のメニューは川魚の塩焼きである。取り立て新鮮の魚を直火で焼いたら、さぞ美味しかろう。


 ……川魚の塩焼き……!


 その時の私は完全に煩悩に支配されていた。まともな思考を持っていたら気付いた筈だ。





 ……全然! 取れない……ッ!


 素手で魚を捕ることの難しさに。


一度目はこうだった。


 水面がきらりと光る。

 そこに手を突っ込む。

 とんでもないスピードで逃げられる。


二度目は工夫してみた。


 石で簡易な囲いを作る。

 魚を見つける。

 魚を囲いに追い込む。

 素手で魚を掴む。

 魚がつるりと手を抜ける。


三度目は魚が予想外の行動をとった。


 魚を発見する。

 石の囲いに追い込む。

 魚が囲いを飛び跳ねて逃げる。

 腕が空振りする。



 大体このパターンの繰り返しだ。

驚く程全く、微塵も取れない。取れそうな気配もしない。


野生の世界はシビアだった。



 そんな私の隣でルーが魚を口で挟んでは投げ、挟んで投げてを繰り返していた。放り投げられたそれをウォンが抑えているのも見えた。




 自然の摂理、弱肉強食。





 ルーはこの場の「強者」であった。



 ***


 焼き鳥もどきに使った鉄串を使い、ルーが取った魚に刺していく。


 ルーの戦果、魚十三匹。


 私の戦果、零。



 その差は歴然である。

ウォンは魚とりに参加していないのでカウントしていない。





 串刺しにした魚を魔法石で焚いた火で焼きなから、次こそは取れるようにならないとな、と考えていた。このままでは、ルーに頼りきりになりそうだ。





 日に日に頼り甲斐が増していくルーを見ながら私はそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る