五十日目

別れも突然だったように、再会も突然訪れた。




 ブラットウルフのルーが成体に成長するまで後十日を切った日の沈む時刻。


 彼は沈みゆく太陽を背にして、音を立てずに流れるような羽ばたきで降り立った。

 新雪の如く真っ白い羽に、所々散る銀が上品で美しいその梟を私は知っていた。

 この世界に来てから初めて出会い、会話した魔物で、先代の頼みとやらで助けてくれた白銀色の大梟である。



『久しいな、今代の魔物の守護者よ』


 降り立った銀梟は開口一番、私にそう語りかけた。頭に直接響く声は、銀梟本人が言うには『念話』という魔法らしい。

 ウォンやルーは使えるようにならないのかね。実は内心気になっていたのだ。


 ……それともう一つ、気になっていた銀梟の名を今なら知れるかもしれない。



「確かに久しぶりだな。……それと、私の名前はライラックになったんだ。これからはこの名前で頼む」


『む、そうかそうか!名前がついたか! それは良好! ……名前というモノは無いと自己が不安定になるからの。ワシの名前は『フェリス』だ』


 因みに先代が名付け親でな、とフェリスは嬉しそうにそう続けた。特に変わってなさそうで何よりだ。


 フェリスの意味は確か……『幸福』

幸福だった筈だ。先代はフェリスに、幸せになって欲しいと言う願いを込めたのだろうか。


「フェリスか……良い名だな」


 そう言うとフェリスは羽を羽ばたかせ、喜色を前面に表した。相変わらず褒め言葉には弱いらしい。


『そうか! ライラックもそう思うか!』


 もしかするとフェリスは喋り方に似合わず、案外若いかもしれない。そう思わせるような無邪気な喜び方だった。


『……と、そうではなくてだな。……もうそろそろブラットウルフの子が成体になる頃だろう……。ライラック、主は彼の者をどうするのだ?』


 フェリスは先程から一変、落ち着き払った顔で私にそう問いかける。私は、一瞬思考が停止するのが、自身でもわかった。


 それはずっと、ずっと避け続けていた話だった。




「……どうするとは、どういう意味だ?」


 やっと絞しだした言葉は掠れていた。


 直ぐ背後の洞窟から、ルーとウォンの寝息が聞こえてくる。



『わかっておるだろう?

 ……ウォナバットはもうこの森に彼の者しかおらんが、ブラットウルフはそうではない。此処からそう遠くない所にブラットウルフの群れがある』


 フェリスはゆっくりと、言い聞かせるような声色でそう言った。



「…………」

 私はフェリスの言葉を無言で聞いていた。



『人間に比べ、魔物の寿命は長い。ブラットウルフならば者によっては二百年近く生きるだろう』


『お主が生きている間は、ブラットウルフの子は何不自由すること無く生きれるだろうがな、……では、死んだ後はどうするのだ?』


『老いたブラットウルフが一匹で生きていけるほど、この森は容易くはないぞ』


 言葉の内容は責めるようだったが、声色は驚く程優しげだった。


「……そう、……そうだな」



 私はルーに依存していたのだろうか。


 そんなことを、ふと思った。



『……先代も今のお主と同じ顔をしておったな』


 ぽつりとフェリスがそう呟いた。

 何時の間にか、太陽は沈み出し暗い闇が徐々に辺りを覆い始めていた。


「…………同じ?」


『……そうじゃなあ……今にも泣き出しそうな顔、という感じだの』


 フェリスが苦笑いをする気配が空気を伝わる。


「……泣くつもりはない。……そうか、ルーは大きくなったんだなあ……」


 泣くつもりはないと言ったばかりにも関わらず、意思とは関係なしに目尻に涙が溜まる。私はそれを上を向いてただ耐えた。


 そんな私を暫くフェリスは何も言わずに見た後、静かな声で『……そうだな』と言った。



『……時が経つのは早い』


 フェリスは来た時と同じように無音で浮き上がり、飛び去っていった。










 ***


 これが子供が大きくなって嫁ぐ時の、親の気持ちってやつかね……。

 ……寂しいな。でも、誇らしくもある。



 私は、かつて襲ってきたあのブラットウルフと同じ大きさにまで育ったルーを見てそう思った。






 ……あんなに小さかったのになあ。


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