六十日目 午前
ルーが産まれてから六十回目の朝日が昇り始めた。
何処までも暗い闇が、水平線の向こうから刺す朝日に溶けてゆく。
そんな儚くとも、美しい朝日を私はウォンとルーと共に無言で見つめていた。
誰も何も言わなくとも分かっていた。
今日が別れの日になるのだと言うことを。
***
片手で抱き上げられた筈の小さなルーは、逆に私を背中で乗せられるまで大きくなっていた。私とウォンを背中に乗せたまま、ルーは深い森を軽やかに駆けていた。
ルーの艶やかな黒い毛並みが風に靡く。
前方に見えた他の魔物が、一瞬で遥か後ろになるほどの瞬足を遺憾なく発揮しながら風を切るルー。
強風に髪が後ろに引っ張られるが、それすら気にならない程、私の気分は高揚していた。
──気持ちいい!
何故だか無性に叫び出したくなった。
私の気持ちとシンクロするように、ルーが何処までも遠くに
***
洞窟に帰ってくるとルーは、私とウォンを地面に下ろした。
ルーは私の前に顔を向けると目を閉じて、小さく鳴いた。私の記憶が正しければ、狼が目を閉じるのは信頼の証だ。
私は無言でルーの首元を抱き締めた。
ルーの柔らかな毛並みの感触が伝わる。嗅ぎなれた獣特有の匂いもする。
フェリスと話をした日から、ずっとずっと悩んで考えて決心したつもりだったが、どうしても涙腺が緩んだ。
それを耐え、私は更にルーを強く、強く抱きしめる。
私は
ルーはウォンを甘噛みして、ぺろりと舐めた。
「キュ!」
ウォンが片手を上げて鳴いた。ルーはウォンに頬を擦り付けると、すくっと立ち上がった。
そして私を一瞥すると、木々の騒めく森の奥に静かに、だが軽やかに消えていった。
私はルーが見えなくなっても、ずっとその場に立ち続けていた。
***
『子はもう行ってしまったのか』
すっと背後にフェリスが降り立った。
「……ああ」
私は突如現れたフェリス動揺することなく、そう言った。
いや正確に言えば動揺する程の心の余裕がなかったのだ。
……行ったな。
……大丈夫だろうか。
ルーが他のブラットウルフの群れに入る方法はただ一つ。
既存のブラットウルフの群れの首領に勝利する。
それだけしかない。
負ければ「死」あるのみ。
挑んだ首領に食い殺されるか、見逃されても森の魔物の餌になるか。
一匹狼に群れは厳しいのだ。
これらは私がルーが独り立ちするであろうと確信した日から調べていた事だ。
ああ、大丈夫だろうか……。
ルーが駆けていった方向から目を離さないまま、私はただそれだけを思い、考えていた。
フェリスはそんな私を見ると、両翼を広げた。
『……そんな顔をするぐらいなら見に行けばよかろう』
「…………行き……いや、でも……」
やれやれと言わんばかりにフェリスは首を振る、
そして翼を羽ばたかせながら、問答無用とばかりに鋭い鉤爪で私の背の服を掴んだ。
私はウォンを抱きしめると、そのままフェリスは飛び立った。
『……一応『隠蔽』の魔法を掛けておこうか?対象を認識されなくする魔法での。……バレたくないだろう?』
飛び立って暫くするとフェリスがニヤリと笑いながらそう言った。
出会った当初から変わらないフェリスに脱力しながら、私は「……ああ、頼むよ」と返事した。
その返事に満足そうにフェリスは笑うと、隠蔽の魔法を私とウォンに施した。
隠蔽がかかり、硝子のように透けた私達を抱えながらフェリスはルーの現在位置付近の木々へと、静かに着陸した。
丁度、ルーがブラットウルフの群れと出会った所だった。
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