六十日目 午後
ブラットウルフの群れの数は十五匹前後だろうか。
私が初めて見たブラットウルフとそう大きさに差は無いように思える。日本にいた頃の記憶にある狼の大きさの、大体一回りほど大きいぐらいだ。
ブラットウルフの首領……群れのトップが群れの奥からゆっくりと姿を現した。
大分歳の入ったブラットウルフなのだろう。
首領の左眼には深い切り傷があり、体格はルーに多少劣るものの、かなり筋肉質だ。
そして何よりその瞳の鋭さが、今迄この森で生きてきた猛者だと言うことを知らしめていた。
私の隣にいるフェリスが念話で『……あやつは強いぞ』と不穏な台詞を私の脳内に直接伝えた。
両者は互いから一瞬たりとも視線を外さないまま、深い息を吐いた。
他のブラットウルフ達は静かに後ずさる。
その行動は、自身らがこの場にいては邪魔にしかなり得ないと本能的に悟ったからであった。
木々の騒めきが一層大きくなる。
風に吹かれ、何処かの小枝がパキンと折れた。
──グルァアアアア!!
そう先に吼えたのはどちらだったか。
ルーと首領は、ほぼ同時に地面を蹴った。
ルーが下から首領の首筋へ、鋭い犬歯で噛みつきにかかる。
首領はそんなルーを前足で思い切り地面に叩き付けようとするが、ルーは直前に一歩身を引き躱す。
そんなルーを追い、首領が大口を開けて噛み付こうとする。ルーはその攻撃を近くの木を蹴り、体を半回転させながら避けた。
誰のものかわからない叫び声が聞こえる。
その声の主を知る余裕は私にはなかった。
この、ルーの晴れ姿とも言える闘いに私は確かに魅入っていたのだ。
──グァアアアアアア!!
両者が、鋭利な凶器を剥き出しにして吼える。
私達が立っている大木の枝が揺れる程の咆哮は手足が麻痺する程だった。
ウォンは微かに震えていたが、それでも何も言わず、ルーと首領の闘いをじっと見ていた。
首領が動いた。
噛みかかる首領にルーは左側に跳躍するが、読まれていたらしく首領が追走する。
体と体がぶつかり合う。
牙と牙が衝突し、互いの体に幾つもの傷を付けあった。
二匹の闘いは何時までも続くと思われた。
──ギャアアアアアアアアアア!!
ルーの牙が遂に首領の
大量の血液が首筋から流れ出し、地面を染めてゆく。
だが、首領が倒れることはなかった。
眼の鋭さは最初と変わらない、いや、寧ろ今の方が研ぎ澄まされているような気すらした。
ゆっくりとルーへ歩を進める首領。
ルーは既に攻撃の手を止めていた。
首領はルーの眼前まで来ると小さく耳打ちするように鳴いた。
──オォオオオオオオオオン
ルーはそれに応えるように遠吠えした。
首領が膝をつき崩れ落ちる。
ルーは首領の額に嵌っていた魔石を噛んで、砕いた。
『……新たな首領の誕生だ』
フェリスが私の隣で感嘆の声を上げる。
私は何も言えなかった。
ルーは新たな首領となり、群れを引き連れ森の奥に姿を消した。
その前に一瞬、私達が住んでいた洞窟の方向を見ていたことが酷く印象に残った。
ふと、頬に手を触れた時、初めて私は自分が泣いていたことに気が付いた。
泣くつもりは、無かったんだけどなぁ……。
***
次の日、私は目を覚ました。
暖かいなと思い、隣を見るとウォンが寝ていた。
すやすやと寝こけているウォンを撫で、私は洞窟の外へ出た。
「……頑張るか」
独り言を言いながら、眠気覚しに伸びをする。
ふと右足に何かが当たる。
下を見ると、何時ぞやで見たバスケットボールサイズの芋虫が転がっていた。
……おおう。
これを私にどうしろと。
私は何処かにいるであろう、これを持ってきた魔物を思い、天を仰いだ。
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