幕間
*幕間は主人公以外の目線です。
今回は名も無きモブ目線。
***
な、何だこの強さは!
Eランクのクエストなんかで、出ていい魔物の強さじゃないだろ……!
仲間がたった一匹の、それも『ブラットウルフ』に手も足も出ず、次々と薙ぎ倒されていく。悪夢とは、絶望とは、まさにこのことを言うのだと知った。
俺達のパーティーは最近それなりに名を挙げてきており、冒険者として一人前と呼ばれるDランクも目前と言われていた。
今回のクエスト『ブラットウルフの首領の捕獲』をクリアすれば、Dランク間違いなしだと言われ、飛びつくように受けたのが運のつきだった。
今にして思えば、Eランクにしては法外な額の報酬金額を不審に思うべきだったのだ。
……正直、俺達のパーティーは今迄『ブラットウルフ』なんぞ腐る程狩ってきていたこともあり余裕だと侮っていた。
第一『ブラットウルフ』はFランクの魔物である。
今更ボスだの何だの言われても、それがどうしたとしか思えなかった。
実際、冒険ギルドの魔物図鑑にも、『ブラットウルフの首領』は『ブラットウルフ』と同じ種で、単に統率をとっているだけのEランクが適正の魔物だと載っていたのだ。
それがどうだ。
今、俺の前に佇む『ブラットウルフの首領』は、とてもEランクが適正の魔物とは思えなかった。
未だ嘗て出会ってきたどんな魔物より強靭で、強大な、圧倒的なまでの覇者のオーラを纏っていた。
膝が震える。
それは決して武者震いなどではない。
恐怖だ。
逃れようのない恐怖が目の前に『ブラットウルフ』の形を成して、存在している。
だが、それでも倒れるわけにはいかなかった。一端とはいえ、俺も冒険者なのだ。
それに、今、息のある仲間を見捨てるわけにはいかなかった。
俺は手汗の滲む手で剣を握り、地面を蹴った。
きっと俺は此処で死ぬだろう。
そんな確信を胸に抱きながら。
***
「やっぱりボコボコにされて帰って来おったな! ガハハハ!!」
先輩冒険者に背中をバシバシと叩かれる。折れた助骨に響いて物凄く痛い。
仲間達は巻き込まれたくないのか、一歩離れて苦笑いをしている。
くそっ、薄情もんばっかりじゃないか!
俺は『ブラットウルフの首領』と最後、一対一をした。
勝負は一瞬だった。
一瞬で剣をその牙で圧し折られた。
どうしようもない力量差が招いた、当たり前の結果だった。
俺は本気で死を覚悟していた。
『ブラットウルフの首領』と一対一をしたといったが、それは周囲のブラットウルフ達が一切手を出さなかったからだ。
『ブラットウルフの首領』をもし万が一倒せたとしても満身創痍の俺が、幾らFランクとはいえ、数十の群れをなす狼に勝てるとは思えない。
食い殺された挙句に彼らの晩飯に変わるだろう。
魔物を殺り損ねたら、待っているのは『死』
冒険者なら誰もが知る、公然の事実だった。
苦渋の決断、離脱という選択肢も、精々下の上止まりの俺らでは、家一つが立つほど高価な『転移石』を買えるわけもなく。
結果として、離脱の選択肢を選ぶことは出来なかった。
だが俺は、俺達のパーティーは全員生きていた。
何の奇跡かと思った。
『ブラットウルフの首領』は俺の剣を軽く圧し折るついでに俺を放り投げると、興味を無くした様にそのまま踵を返したのだ。
そして王に追従するように、周囲よりブラットウルフ達もその場を立ち去った。
俺はその場から、暫くの間動く事が出来なかった。
生きている。
ただそれだけの事を実感するのに、随分時間がかかったのだ。
更に、パーティーは何処かしらの怪我はあったが、全員生きていた。
俺達はあれだけ侮っていた『ブラットウルフの首領』に見逃されたのだ。
「あの糞強い『ブラットウルフの首領』はよぉ、『無殺の黒狼』とかいう通り名がついてる推定Bランクのバケモンだから、オメェらひよっこが勝てなくて当たり前ってんだ!」
「そ、そうなんスね……」
Bランク……。一流冒険者のランクである。
三流が精々の俺らじゃ、百人近く束になっても勝てない相手だということか。
何でそんな魔物がEランクのクエストに……!
酒瓶片手に豪快に笑う先輩冒険者に一礼をして、俺達パーティーは傷を癒すためにその場を後にした。
これは後になって知ったことだが、
『あのクエスト』は早死にしそうな……、簡単に言うと調子付いているパーティーに、一つお灸を据える為のクエストらしい。
そして、何故かクエストに向かったパーティーが誰一人死なず戻ってくる為、低ランクのクエストでも特に問題なくクエストボードに張れるそうだ。恐ろしい。
一部の冒険者の間では、そのクエストは深いトラウマになっており、『ブラットウルフ』の名を出すだけで顔面蒼白にする程なのだから、そのお灸は効果覿面だったのだろう。
かく言う俺らは、Cランクに昇格した今でも時々『例のクエスト』を受けている。
何故かと言えは、強敵の魔物を狩る前に、感覚を鋭くする為の緊張感を得るには最高の格上だからだ。
そんなこともあり、俺達のパーティ間では『ブラットウルフの首領』のことを密かに「師匠」と呼んでいる。
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