二章 パラレプス編

一日目

二日程前、私は洞窟の最奥に来ていた。


洞窟の最奥は以前来た時と変わらず、青白く仄かに輝く水晶体が辺り一面を覆い、幻想的な雰囲気を作り出していた。


私が最奥にやってきた理由は簡単。


数日前、ルーの次代の魔物を育てる為である。別に寂しくなったからとかそう言う訳ではない。


……いや、本音を言うと寂しい。


ウォンと二人してきゃっきゃっうふふとこの数日間暮らしてきたが、寝る前なんか特に寂しくなる。ルーが帰って来られるならば、今すぐにでも帰って来て欲しいと心底思った。


何もそんな遠くに行かなくても……!


何なら洞窟の隣に住めばいいのに。



私は数日間、そんな無茶苦茶な事を思わず考えてしまっていた。途中で我に返ったからまだ良かったが、色々ともうアレだろう。


最近何となく自分の事も少しずつ分かってきた。自分が思っている以上に私はもふもふ末期患者だ。



……ふむ、これは最初から知っていた気がする。



そんなこんながありつつ、私は洞窟の最奥から新芽色の不透明な卵を持ってきていた。持つとほんのり暖かい。



卵を暖め始めてから、今日で約二日目になる。魔法書の表示が正しければ、もうそろそろ孵化が始まる筈だ。


ウォンは私の肩に乗りながら、新しい兄弟の誕生を待っている。ウォンの暖かい体温を首筋に感じた。



若菜色の卵に徐々にヒビ割れが入っていく。


白、青、赤、紫、黄、緑へと。



くるくる目まぐるしく変化していき、収まる頃には、





──小さな、白い子兎が丸まっていた。



***



「『パラレプス』

名は、新芽のように鮮やかな翡翠色の魔石から名付けられた。

腹部辺りに翡翠色の蔦の紋様が入っている。


蔦を使い隠れ住む、弱い魔物。


幼体の餌は、魔石を砕いたものに聖水を加えたもの。

成体になるまで十五日〜二十日掛かる」



……パラレプス、無理矢理日本語に訳すなら蔓兎ツルウサギと言うらしい。



まだパラレプスの赤ちゃんの目は開いていないが、ぱたぱたと足を動かすに合わせて地面から伸びてきた新芽がダンスを踊るように揺れている。


……おおう。


初めて魔物の赤ちゃんが魔法を使うのを見た。何度見ても魔法は不思議なものだな。


私はパラレプスの赤ちゃんを抱き上げると藁のベットの上に優しく乗せた。


そう言えば、また魔石を砕く作業が始まるな。何だか久しぶりな感じがする。


石臼さん、またお世話になります。




……ふむ、そう言えば、聖水って何なのだろう……?




***



聖水とは、所謂『蒸留水』の事だった。


何者にも侵されていない水、ということらしい。

分かるような、分からないような……。



取り敢えず作り方は分かったので良しとしよう。




そうして納得した後、私は石臼をごりごり引きながら、パラレプスの赤ちゃんの名前を考えていた。監督はウォンである。


ルーの時は少々単純過ぎたかも知れない。いや、可愛い名前だと思うけども。

今度はちょっと捻ろう。




そうだな……。



例えば、


「……ムーンライト!」


とか。


恰好いい! 物凄く恰好いい気がする!

そう叫ぶと肩に乗っていた監督、ウォンが「ギャー!」と起こり出した。


久しぶりにウォンが怒った……。


「ギャギャギャ!」


それなりに付き合いが長くなってきたこともあり、ウォンが言いたいことは何となく察することが出来る。


これは確実に暴言だ。しかも結構キツイ言葉だと思う。


もしウォンがフェリスが使っている念話を使えたら、今頃私の心は折れていたかもしれない。


……そんな冗談はさて置き、真剣に名前を考えよう。

名前は重要なアイデンティティなのだ。



私は生まれたばかりのパラレプスの赤ちゃんの腹を、人差し指で軽く撫ぜる。

一目では普通の兎にしか見えないが、流石成長の早い魔物ということもあって、生まれたばかりなのにもう毛がふわふわしていた。


まあ、そもそも兎が卵から生まれた時点で十分普通の動物ではないことがわかるのだが。



真っ白な横腹に浮かぶ翡翠色の紋様を見ながら考える。

出来れば植物関連の名前が良い。


植物、共生、調和。



「……モナ。モナが良いんじゃないか」


意味は平和。平和的な、と言う意味だ。

性別も見たところ女の子のようだから、やはり可愛い名前の方が良いだろう。


「キュ!」


監督のお許しも出た事で、パラレプスの赤ちゃんの名前は『モナ』に決定した。




「今日から宜しくな、モナ」


「キュキュ!」




今日、我が家に新しい家族が加わった。

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