七日目 午後三時
「どうした? 随分落ち込んでんじゃねーか、ユーヤ」
「……うっせ」
「ったく、『アレ』をまだ引きずって、何処ぞの誰かにお節介でも焼いてたのかよ。あの子供を助けられなかったのはお前のせいじゃないだろ」
「……いや……でも俺は、俺は気付いてたのに……言えば、行動してたら、あんな事には……」
「それはどうだろうな。……まあ、魔王信仰を掲げる反逆組織の巣穴の一つを漸く見つけたんだ。……この組織はあの子供の仇でもあんだろ」
「そう、だな」
「……それと、何があったか詳しくは聞かねぇが、後悔することだけはするなよ」
「ああ、わかってる」
***
「……気付いてる? アタシ達、つけられてるわよ」
苦い顔を浮かべながらハルが私にそう言った。ちらりと後ろを見たが怪しい人影は見えない。だが、ハルが言うのなら確かにそうなのだろう。
──先手必勝、殺られる前に殺れ。
前の街のチンピラ騒動で私はこれを思い知った。ウォン達が傷ついてからでは、動かなくなってからでは何もかも意味がない。
魔法書で見た初級魔法の詠唱を思い出しながら、イエロートパーズによく似た魔法石を握る。この魔石は雷属性持ちなので、簡易スタンガンの代わりになるのだ。
「準備は出来てる」
「アタシもよ」
ヴァイアスも同意するように低く鳴いた。鋭い爪先が鈍く光っている。
あの切れ味は私も良く知っている。ウォンとモナを片手で抱き抱え直し、表面上は何も気付いてないかのように、歩を進めた。
「……次の曲がり角で撒くわよ」
私とヴァイアスはこくりと頷き、後ろに向きそうになる視線を、無理矢理進行方向に固定する。けれど、不自然にはならないように。
道行く人に怪しまれないように。
ちらりと逆方向から歩いてくる老人の目を何気なく見た瞬間に鳥肌が立った。
歩いているのに焦点があってないのだ。
生気は感じられない……が、かと言って死んでいるようにも見えない、この矛盾。
足取りはしっかりしているのに、目だけがおかしい。
「……走るわ」
ハルがそう言ったのを皮切りに私達は走り出した。
先程見たものを振り切るように。無我夢中で。
***
逃げ回ったのだが、私達は追い詰められていた。
原因は分かっている。私だ。
それなりに走り込みをしている筈なのだが、ヴァイアスは勿論、ハルにも全く追いつけない。しまいには、ハルに半ば引き摺られる形で走っていた。なにこれ辛い。
ウォンとモナはとっくの昔に私の手から離れ、ヴァイアスの背にしがみついている。
それに加えて、相手には地の利があった。
このままでは何れ追いつかれるだろう。私達は逃げるのを止め、迎え撃つ姿勢に入る。いつの間にか路地裏にまで来ていた。……路地裏に嫌な縁がある気がする。
「はぁっ、はぁっ……」
荒い息を整えながら、追ってが来るはずの方向を睨みつける。
……だが、何時まで経っても来ない。
その瞬間背後に視線を感じ、振り向こうとした。
そう、したのだ。
──自身の腹から突き出る鈍い刃物。脊髄が燃えるかの様な激痛。
誰かの悲鳴が聞こえた。
いつの間にか背後にいた追跡者が、刀を私に突き刺したのだ。
意識が飛びそうになるが気合いで耐える。腹を横一線にぶった斬らずに突き刺したことを後悔すればいい。
まだ……私は、動けるぞッ!!
突き出た刀をより深く刺して、謎の行動に虚を付かれた追跡者の首を掴む。
口の中に溢れる血を吐き捨て、詠唱を開始する。
漸く慌てた始めた追跡者を横目で見て、笑う。
初級の雷魔法とあって威力はさほど無い。それが普通であり、常識だ。
だが、それが高濃度の魔石で行われた初級魔法なら?
──それを今、試そう。
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