七日目 午後一時
アメサスタは前に行ったことのあるシソーラスより治安が良さそうで、何より裕福そうに見えた。道にはゴミ一つ落ちておらず清潔に保たれている。
そして街を闊歩する人々は皆穏やかな表情を浮かべていた。
だがしかし、ヴァイアスの事がなければ……いや、例えそれが無かったとしても、私はこの街を好きにはなれなかったに違いない。砂漠の中にある街だと言うのに、この街はどこか薄ら寒いのだ。
街行く人々の笑顔が、面を被っているかのように気味が悪い。
本当に生きてる人間なのか、疑問すら沸く。
──この街は何かおかしい。
ウォンが警戒するように辺りを見渡している。ヴァイアスは耳をピンと立て、今にも唸りだしそうだった。肩から下ろし、抱き抱えているモナが小刻みに震えていることに気がついた。
「……おかしいわね」
ハルが眉を顰め小声でそう呟いた。その言葉に私も頷く。この街は異様だ。
目に見えないが、まるで見えない手が首を締めようとしているかのような息苦しさがある。頭も少しずつ痛くなってきた。
「……これは……いや、そんな筈は……前に来たときはこんな街じゃなかったからやっぱり……」
ハルが口元を抑えて何か考え事をしている。
私は不安そうなモナとウォンを撫でる。ヴァイアスが何か言いたげに私を見ていたが、今は周りに人が多いから何も言わなかった。
念話は個人だけに繋げるのが難しく、近くにいる人全員に繋がってしまうらしい。
街に入ってから急に敵に囲まれたかのようにピリピリと気が立っていた空気の中、それを読まない音が鳴った。現代人なら誰もが聞きなれた音。
携帯電話の固定着信音だ。
異世界ではかなり目立つそれを鳴らし続ける訳にもいかず、ウォン達を下ろし、慌てて携帯電話を取る。ハルにちらりと目配せをし、道の端の路地裏に入る手前に寄る。
『ライラックか?! 今すぐこの街から出た方が良い。巻き込まれるぞ!』
通話ボタンを押した瞬間捲し立てられ、思わず目を白黒させる。なんでアメサスタにいることがわかったんだ? それにこの街から出た方がいいって一体……。
気になることは山ほどあった、だが。
「そういう訳にはいかないんだが……」
異様なのは分かってるが、この街から出るわけにはいかない。私がこの街から出るときはヴァイアスの子供と一緒に出るのだ。
『いいから逃げろ! 観光目的なら帰れ! この街はヤバイ!』
余程焦っているのか声を荒らげて怒鳴る優矢。シソーラス共にいた時には少ししかいなかったとはいえ、あまりそういう印象は無かったから一瞬驚いた。
けれど、直ぐにもやもやとした気持ちが湧いてきた。
「……観光目的じゃない」
むっとした感情が漏れ、ぽつりと小さく返事した私に!優矢は更に早口で半ば捲し立てる。
『だ、か、ら! どうでもいいから早く帰れ!』
……どうでもいい?
何も、何の事情も知らない癖に!
「……なんで、なんで同郷でしかない奴に命令されないといけないんだ!」
そう言った後に直ぐ後悔した。
少なくとも優矢は、私の身を案じている様子だった。
……その相手に私は今、なんて言った?
サーッと血の気が引く。指先が急激に冷える。幾ら気がたっていたからって、これはいけない。
言っちゃいけなかった。
『……え……あ、いや、うん、確かに……そうだよな。……ごめん』
先程までとは違う沈んだ声。滲む自嘲の声色。ざくりと罪悪感が胸を刺す。
「違っ、」
『本当、ごめん。でも、本当にこの街は危ないんだ』
プツリ、電話が切れた。
真っ暗になった携帯電話の画面に私の歪んだ顔が映り込む。どうしてこんなに。
「……どうしたの?」
沈んだ私にハルが心配そうに顔をのぞきこむ。ウォンもモナも私を見ていた。
ヴァイアスまでもがちらりと私を見て鳴いた。
……しっかりしろ、自分。優矢には次会ったときに謝るんだ。
今はやるべきことがあるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます