反対周りの時計 3

王宮の秘蔵図書室の一室、特に歴代勇者の記録が記された蔵書が多く置かれているその場所に優矢はいた。

部屋自体非常に狭く、置かれている本も大した数はない。

その昔、何度か起こった火事によって、大半が燃え尽きてしまったことが主な原因らしく、国中の蔵書を集めてもここにある十冊ほどしか残っていないそうだ。しかもその大半がお伽噺のような曖昧なものばかりだったが、何か元の世界に変える手がかりがないかと優矢は何度も足を運んでいるのだった。



「二代目と三代目はこの世界で定住して、結婚もしてるんだよなあ……元の世界に帰った可能性が一番高いのは初代か……」


一代目、始まりの勇者

二代目、先陣の勇者

三代目、祈りの勇者


一つだけ毛色が違うのは一代目と三代目は女性で、二代目だけ男性だからだとか。誰よりも先陣を切り、勝利し続けた。戦と言えば二代目勇者らしい。


因みに四代目である優矢は風来の勇者だそうだ。なんか締まらないなあと優矢はその通り名を聞いた時に思った。



何か他にないかと蔵書一冊ずつに鑑定の魔法を唱えながら調べる。以前来た時と何ら変わらない。ながら作業しながら、優矢は遠い森にいる友人のことを思い浮かべた。


「……今回も見えなかったな、そういや」


優矢は過去の経験から出会った人物全員に鑑定魔法を掛けている。日本ならばプライバシーの侵害にも程があるが、ここは異世界だ。優矢にとってそれは異世界での危険から身を守る術の一つだった。


だから、ライラックに出会った時にも普段の癖で鑑定魔法を掛けたのだ。


普通ならば、名前、年齢、性別、レベル、所持スキル、状態等々が表示される筈だったが、ライラックは違った。



その殆どが見えなかったのだ。


名前も、年齢も、レベルでさえも。


所持スキルは「異世界言語」だけが何とか判別出来たが、その他は分からず、名前も仮名としてライラックの文字があった。


状態も何が何だか分からなくなるほど伏字ばかりだった。その中でもライラック本人が言うように記憶喪失の文字は確かに見えた。


どう考えても、誰が見ても怪しかった。


それでも信じずにいられなかったのは、優矢自身が人寂しかったのと、ライラックが妹と瓜二つだったからだ。



……まさか妹が異世界に来たことで性別転換した、なんてことあるわけないよ、な?


「でも逆に他人の空似だとしても、異世界に来る奴が妹のそっくりさんの確率ってどんだけだってな。それだったら性別転換の方が……」


触るだけで千切れてしまいそうなほどぼろぼろの紙をめくりながら、優矢は唸る。


「…………やっぱり他人の空似ってことで」


久しぶりに妹と再会したら弟になってたなんてそんなファンタジーやフィクションじゃあるまいし、と優矢は現状を完全に棚上げした事を思い、そのことについてそれ以上考えることを放棄した。



「そういや歴代勇者って女、男、女、だよな……母さん、父さん、妹だったりして……」


それこそ優矢に言わせてみればフィクション、ありえないことだった。

歴代勇者は二人結婚しているのだ。


優矢の両親は大恋愛の末の駆け落ち結婚で、流石に外で人目もはばからず、という事はしないが、家では子供が軽く引くぐらい仲がいいのだ。


そんなこともあって二人は愛情深く、一度優矢は両親に「もし浮気してたらどうする?」とタイミングをずらして聞いた時、二人とも無表情で一言。


「殺す」


とだけ言った。二人ともそれ以上多くは語らず、優矢も火のついたガソリンに飛び込む勇気という名の無謀さはなかった。だからこその否定だった。



「……やっぱりそんなわけがないよな、うん」



優矢は知らなかった。



現実は小説より奇なり。


想像もまた同じだということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る