十二日目 午後一時

 それは日本のソウルフードである味噌汁みそしるもどき、焼き魚、そして米を炊き終えた時だった。


 炊き上がったばかりの米を器にそよっていると洞窟の入り口がカッと光に染まった。目を焼くような光が収まると、そこには一人の青年が立っていた。

 若干色素の落ちた茶髪と、同じ日本人とは思えないほど整った顔立ちで、顔まで隠せるマントを肩に羽織っている。



 神崎 優矢……同郷の者であり、現勇者だった。

現勇者は何度か瞬きすると私の手元をじっとロックオンした。


 そう、米をよそおうとしている、私の手元を。


「……こ、米……?」


 わなわなと優矢の手が震えている。視線が先程から全く微動だにしない。

 わかる、わかるぞ、その気持ち。手に取るようにわかる。


 私は無言で米が山盛りに盛られた器を差し出した。ふと隣を見るとハルがイイ笑顔で頷いていた。



***


「米最高もう俺米無しじゃ生きてけない……」


 ハルの炊いた米はざっと十合ほどあった筈なのに、その八割が優矢の胃袋に消えた。恐るべし勇者マジック。


 話があると言って来たはずの優矢は、既に満足そうな顔で日向ぼっこしている。その隣で優矢の食いっぷりに触発され、何時もの五割増しで詰め込んだウォンがぐったりと横になっていた。食べすぎ良くない。


「キュー……」


 ぽんぽこに膨れた腹を抑えないように、ウォンの額を撫でながら優矢を見る。ハルは『ニィド』と共に最奥の部屋で魔石を粉にしに行っており、今はいない。


 何分、いや何十分ぼんやりと日を浴びていただろうか。いい加減眠気が襲い始めた頃に優矢が身動ぎし、こちらを向いた。



「……ライラックは、一体『何』なんだ?」



 冷たい目をしているわけでも、咎める目をしているわけでもない。ただ真剣だった。



「……その前に一つ聞いていいだろうか」


「なんでも」


 短く勇者が頷く。



「勇者は、魔物の敵なのか?」


 勇者は軽く目を広げると、かぶりを横に振った。


「いいや、勇者は魔王アルフィスエバナの敵だ」


「なら、魔王の手下なら魔物を殺すのか」


 とても重要なことだ。私は無意識のうちにウォンを手元に抱き寄せ、手のひらの近く、すぐ届く場所に離した。


「……無いとは、言わない、けど、そもそもどうして魔物はほかの動物は襲わないで、人だけを積極的に襲うのかライラックは知ってるのか?」


 魔王に関することだからか優矢の語尾が少し強くなった。理由を知らぬ私は無言で首を横に振った。

 勇者は私を見据えて口を開いた。



「魔王の能力の一つの『統率』で強制命令を受けているからなんだ」



だから、ここの自由な魔物達を見た時は本当に驚いた、と現勇者は私が想像するよりずっと柔らかい目でそう言った。

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