反対周りの時計 2

※勇者視点









 異世界に来てそれなりに時間が経った。少なくとも一ヶ月は経っただろう。

 異世界特有の風習にも少しだけ慣れ、心に余裕と冷静さが帰ってきた頃だった。


 異世界に来る直前まで一緒に車に乗っていたはずの、家族のことが気になり始めた。前々から気になってはいたのだが、勇者だと持て囃す周りにただ呑気に浮かれて、気づかぬふりをしていた。



 街を散策していると家族連れとすれ違った。両親と兄妹の四人家族で、どうしても自分の家族と被って見えた。


「今日はなに食べたい?」


「お肉!」


「お兄ちゃんいっつもそればっかり!」


「ははは、野菜も取らなきゃな」


 何気ないけど、暖かい家族の会話が通り過ぎる。

……今こうしている間も、母さんや父さんや妹がどこで何をしているのかわからない。どんな状況に陥っているのか。日本にいるのか。また、此処とは違う異世界にいるのか。


 それすらもわからない。


 急に楽しかった筈の世界が色を失った気がした。



 チートもハーレムも無双もいらないから、家族と会いたい。



 妹と母さんに付き合わされる買い物は長いし、我が家での俺のチャンネル権は無いに等しかったし、父さんの絡み酒は勘弁して欲しかったけど……それでも、安否すらわからないなんて、それでずっとのうのうと生きてけ、なんて。



無理だろ。




***



 それから、魔王(アンフィスエバナ)と相見えたり、その魔王を神と崇める宗教組織と敵対したり、一人の少女を救えなかったりした。

 言葉に出すとこんなに簡単にまとまるが、現実はそうそう上手くはいかなかった。苦い思いも苦しい思いもそれなりに体験した。



 それにしても、たった数ヶ月で随分作り笑いが上手くなったと思う。鏡代わりの水面に目も口元も弧をかいた男がゆらゆらと浮かんでいた。





 魔王信仰を捧げるアンフィスエバナがシソーラスという街に潜んでいるという情報を掴んだ俺達は、ガルドと二手に分かれて捜索していた。


 ガルドは冒険者ギルドを。

 俺は街を、特に路地裏辺りを。


 何時もは他にも二人、仲間がいるのだが、その時はいなかったのだ。仲間のひとりでシスターであるミーラは本部の協会に月二回戻って神に祈りを捧げないといけないのだと言っていた。

 もうひとりは国に呼び出されてしぶしぶ向かっていたのを見送ったばかりだった。



 そんな理由で路地裏を屋根伝いに捜索していた俺の目に、何人か柄の悪いのに絡まれた少女(・・・)が写った。

 治安が悪いとは言えない街でも、路地裏はこんなもんだ。


 胸糞悪い気分で止めに入ろうとしたのだが、その時、少女(・・・)の顔が見えた。




……い、妹?




 そこにいたのは、妹そっくりの顔をして、小さな動物達を抱えた少女だった。



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