七日目 午後九時

いつぞや振りに見た天井の木目。

私はその木目の数をぼんやり数えていた。


それが十三目になる頃、漸く気絶する前の記憶が蘇ってきた。


──街に入ったら突然襲われて……


──撒くことも出来ず、応戦してもし切れず。

それはもう思いっ切り刺された。……敵から傷をもらったのは私だけか……うん、不幸中の幸い、か?



──それから、優矢達に再会して……

また助けられた。何を言えばいいのかわからない。取り敢えず謝らないと、とは思っている。



──やはり、数が多く……「拠点」と呼ばれている場所に行くことになって……




──身体力不足(異世界基準)故に担がれた挙句、気絶したんだ……



情けないにも程がある。

心配してくれた人に暴言吐くし、酔って気絶するし、まず第一速攻で刺されてるし……。考えれば考えるほど情けない。


……まず私って何が出来るんだ。


ああ、駄目だ。負のスパイラルみたいなものに落ちている。こんなにも私は落ち込みやすかっただろうか。街の雰囲気も少しだけ関係してる、のか。


なんと言えばいいのだろう。


まるで空気中にタールのようなどろどろしたものが流れている気分だ。それが肺にたまる一方で、息をすればするほど苦しい。





「ライラック、起きたの? 体調はどう?」


ベットで横になっていた私。その左側にある扉ががちゃりと開き、そこからハルが顔を覗かせた。


「さっき起きた。体調も大丈夫だが……なんというか……」


「どうしたの?」


言い淀んだ私に、ハルが首を傾げる。桃色の髪がさらりとそよぎ、澄んだ瞳が私を見つめた。……ハルの眼を見てると何もかも見透かされてる気分になる。


「気絶したり、初っ端から刺されたり、迷惑しかかけてない……ごめん」


……ヴァイアスの子供を助けるどころか、自分のことにも手一杯なのだ。それも自業自得で、だ。ハルは呆れたように私を見た。


「……あのね、少なくともアタシに言う言葉じゃないわよ、それ。運んだのはガルドだし……刺されたことに関しては心配こそすれ、迷惑だとは思わないわ」


はあ、と深い溜息を吐きハルが言う。ハルの言葉は何時も正論だ。だからこそ、言葉が出なくなって何も言えなくなる時がある。


「……」


何も言えなくなった私は口を噤んだ。無性にウォンに会いたくなった。


多分、ウォンは怒るだろうな。

ウォンはいじいじしてると蹴り飛ばしてくるタイプだからなあ……。


それにウォンの怒った時の鳴き声は怖い。初めて聞いた時は何処の悪魔かと思った。そう昔のことではないが、なんだか懐かしいな。


現実逃避している間に、ハルは向こうに行ってしまったようだ。私はぽつんと静寂に満ちた空間に取り残された。



……そういえば、一人きりなんて久しぶりだ。


初めはウォンと一緒にいた。そして、そこにルーが増えて、時々フェリスが訪ねてきたりして……ルーが旅だってからも、モナが新しく加わった。

ハルにもちょくちょく会うし、ヴァイアスが来てからは、他の何かを考える余裕もなかった。


一人きりなんて何ヶ月ぶりだろうか。


寂しい、とは流石に小さな子供ではないから思わないが、何となく誰もいない空間に違和感はある。






そうはっきりと知覚すると少し居心地悪い気がして、私は立ち上がった。魔法袋と魔法書が枕の横にあったので、手に下げてからドアノブを捻る。


「んん?!」


捻っただけなのに、急に扉が開いた。

開いたと思った時に、扉は既に私の目前にいた。


──速いとか、そんなチャチなもんじゃない。瞬間移動の域に達していた。


その扉は内開きだったようで、扉はそのスピードを活かした強かな一撃を私に浴びせかけた。私の顔面を襲ったドアはその勢いのまま元の位置に戻っていった。


「──ッ!」


……鼻、折れるかとおもった……。


なんだこのドア。なんなんだ。異世界のドア怖い。急に襲ってきた……。

顔を抑えながらぷるぷる蹲る私。暫く立ち上がれる気がしない。


「え!? ちょ、えっ! ごめん! ほんとごめん!」


ドアの向こうから焦った声が聞こえる。優矢の声だ。え、つまりどういうことだ……。


「勢いよく開けすぎた!」



──おい! ……おい!


ぷるぷる蹲りながら、私は全力で声にならないツッコミを入れた。

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