二十六日目 午後六時

「ササナの蒸し焼きはまだかー!?」

「バライカお願い!」

「エール一丁!」


二階は役所のような一階とはまるで様相が異なった。


……これはあれだ。居酒屋だ。それもかなり騒がしい方の。


二階へと上がる扉がやけに重厚だったのは、騒音対策だったのかと理解した。


ルーは耳が良いからか、騒音が耐え難いらしく両足で耳を抑えていた。

反面ウォンは騒音が気にならないらしく、漂ってくる匂いに鼻をひくひくさせて「キュキュ!」と喜んでいた。


「一階と全然違うでしょ?」


ハルが悪戯っ子の顔をして笑う。


「……確かにな」


辺りには酒が回ったのか楽しそうに踊る男もいれば、仕留めた獲物を延々と自慢し続けている者もいる。


大体皆冒険者らしく、荒々しい格好や、人相をしているものが大半だった。

そうでない者もいない訳ではないが、まあまず少ない。


「食べましょっか!」


ハルが入り口から近いカウンター席に座る。私も続いてその隣に座った。

ウォンとルーは隣の丸椅子に座らせた。


大分ルーは騒音に慣れてきたのか、恐る恐る前足を耳から離していた。

そんなルーを構いたいのか、ウォンが乗りかかり、その勢いで丸椅子がくるくると回転し出した。


……この丸椅子、日本の物に少し似てるな。


何気ないところで故郷を感じ、しんみりする私の横でハルは「綿鮫の刺身お願いねー!」と早速注文していた。


呼び鈴は無く、直接伝えなくてはならないようだ。


「ライラックも注文したらいいわ! 何だったら奢るわよ?」

冗談めかしてハルが私を揶揄うので「なら高いものを頼むしかないな」と冗談に乗る。



「おい餓鬼ども、お前ら冒険者か?」


その時、突然後ろからドスの効いた低い声で声を掛けられた。



振り向くと、大分酔いが回ったらしく顔を赤くした体格のいい、外人らしい彫りの深い男が立っていた。


「え、ええ……そうだけど……何か御用?」


最近、というか今日知ったことだが、ハルは年上男性があまり好きではなさそうだ。好きではない……ではなく、苦手と言った方が良いだろうか。


憲兵に対して強気に出ていたのも、もしかすると恐怖のようなものを抑え込むためかもしれない。


「なら今すぐ辞めろ。お前らみたいな弱ぇヤツらはすぐ死ぬからな」


男からすればそれは単なる善意の忠告だったのだろう。若干口は悪いが。


だが、その言葉はハルの闘争心に火をつけたらしい。


「……弱い、ですって……?」

弱い、という言葉がハルの何かを刺激した様だ。そっと私はウォンとルーを抱えて距離を取る。



「……弱いかどうかは……見てから決めなさいよ!」



突如、戦いの火蓋が切って落とされた。




***


何時の間にやらギャラリーが集まっていた。賭けのようなものが行われているのもちらほら見える。この場所では良くあるのかもしれない。


勝負の内容は簡単。


「腕相撲」だ。


テーブル一つを全て使い、ハルと男が向かい合う。


「いい度胸じゃねーか、お前。名前は?」


「……ルビストンよ」


「成る程、俺はガルドだ」


ニヤリと笑うガルドと、下から睨め付けるように低く唸るハルが互いに自己紹介をし合う。立会人は成り行きで私と言うことになった。


……え、やったことないんだが。



「絶対勝てよ! ガルドー!」

「お前に五百リペア賭けてんだからなー!」

「ピンクの髪の子も頑張れよ!」


そんな声援は試合前の二人の耳には全く入っていないようで、まるで獲物に飛びかかる寸前のような空気が流れていた。

「……じゃ、開始頼むぜ」

「ライラック、宜しくね」


二人の準備も済んだところで、


試合……



「──始めッ!」

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