二十六日目 午後三時

「ギルドについての説明は如何なされますか?」


「アタシがするから良いわ、ありがとう」


ハルがひらひらと手を振ると、受付嬢は「畏まりました」と一礼し、次に並んでいた人の対応を始めた。



「じゃあ、歩きながら説明するわね」


「ああ、わかった」


ハルがウォンとルーを抱いている私の半歩前を保ちながら、ギルド内を歩き出す。

大小様々な大きさの紙が所狭しと貼られた掲示板の前に立ち止まると、ハルはそれらを指差した。


「これが『クエストボード』よ。受けたいクエストが書いてある紙を取って、受付に提出すればいいわ」


成る程、頷きながら私はクエストボードに貼られた紙を一つ一つ眺める。


『薬草の採取 Gランク』

『パラの実の採取 Eランク』

『魔草の採取 Cランク』


クエストボードの下側には採取ばかりが並んでいるようだった。

そう言えば、今迄意識したことはなかったが、異世界の言語なのに普通に読めているし会話も出来ている。……謎だ。いつかわかる日が来るのだろうか。まあ、読めないよりはいい、か……?

私はクエストボードの上の方へ視線を向ける。


『茎兎の討伐 Gランク』

『イーグライフの討伐 Bランク』

……イーグライフ、私が前に不注意で大変な目にあった鷹によく似た魔物だ。


『ブラットウルフの討伐 Fランク』


私はクエストボードを見るのを止めた。ハルは私の心情を察したのか、苦い顔を浮かべながら「採取だけでも、ある程度のお金は手に入るわ」と言った。


「……そうか」


ギルドがあるということは、つまり魔物を狩るのを生業にしている人々がいるというわけだ。何だか複雑な気分になった。


もしウォンやルーが殺されそうになったら、私はどうするのだろう。もしも、万が一、私の力不足でこの子達が殺されるようなことがあった時、私は彼らを憎まずにいられるのだろうか……いや、今考えても仕方がない。これ以上考えるのはよそう。



「クエストにはランクって言うのがあって、それで難易度を分けてるのよ。因みに一番低いのはコレよ」


ハルがクエストボードの『薬草の採取 Gランク』を指して言う。

私は先程まで考えていたことを打ち切りこくりと頷く。


「今はないけど、普通のハンターが受けられるので一番ランクが高いのはAランクよ。


最高Sランクはたった一つだけ。


勇者が受けているクエスト、『魔王討伐』それだけよ」


苦笑いしながらハルは肩をすくめた。

……『魔王』や『勇者』を現実で言われても実感がわかないな……。寧ろ実在したのか『魔王』って気分だ。


「その顔信じてないわね?」

ハルがやれやれと苦笑する。腕の中のウォンが「キュー……」とハルによく似た呆れた目で私を見ながら鳴いた。


「もしかして常識なのか……?」


「常識中の常識よ。……まあいいわ、ライラックが色々と常識外れなのは最初からだものね」


ハルの中の私はどうなっているのだろう。何故だか無性に不安になった。


「次は採取した素材の買取ね。一番奥の受付でやってくれるわ。相場より多少高かったり安かったりする事はあるけど、ぼったくられることはないから安心ね」


私達は一番奥の受付に向かうと、受付には女性ではなく目元に深い古傷のある厳つい男性がいた。残念だ。何がって……残念だ。


「買取か?」


「ええ、お願いするわ」


ハルは荷物から様々な物を取り出し、その内の幾つかを受付に置いた。

受付の男性はそれらを受け取り、受付の奥にしまうと「四千五百リペアだ」と言いながら銅貨を四枚と紙幣を五枚ハルに渡した。


「ありがとう。……ライラックは何か売る物はある?」


ハルが私に聞いてくるが、まず第一何が売れるかわからない。

先程クエストボードで見た『パラの実』は前に拾ったことがあり、魔法袋に入れていたのでそれを取り出した。


「これは買取出来るのか?」


「傷んでないならな」


受付の男はそう言うとパラの実を受け取り、私に紙幣を二枚手渡した。

「二百リペアだ」


……そう言えば、魔草の種が幾つかあったな。取り敢えず一粒でいいか。

ふと思い出し、受付の男に追加の買取を頼む。


「チッ! 一回で次からは済ませやがれ」


今すごく低くて鋭い舌打ちしたぞ。物凄く柄の悪いギルド員だ。出来ればチェンジしてほしい。

苛立っていた男の顔が、魔草の種を見ると段々驚愕に変わっていった。


「……は?」


唖然とした顔で私を見る受付の男。

何か私に何か変なところでも……と思い下を見ると、ウォンとルーが腕の中で寝返りを打っていた。ば、爆睡している……。


「どうかしたか?」


「な、なんで新米のお前がCランクの『魔草の種』を持ってやがんだ……!?」


そう言えばクエストボードにCランクと書いていた気がする。


「なあ、ハル。Cランクってどのくらいなんだ……?」


「そうね、大体冒険者として一流の手前ぐらい証明するかしら。少なくとも新米が持ってていいレベルじゃないわね」


やっぱりやらかした、とばかりの目で私を見る。そんな目で見られても何もやらかしてないぞ。私、悪くない。


それにそれを採ったとき、魔草は別に襲ってこなかった。

普通に綺麗な花で、しかも沢山生えてたしな。


「……魔草は難易度Bランクの『混沌の森』にしか生えてない草なの」



なるほど。


どうやら、我が家は危険地域指定されていたようだ。



「取り敢えず買い取って貰いなさいよ。奪ったわけじゃないんでしょ?」


「当たり前だ」


受付の男性は疑いの眼差しのまま、魔草の種を買い取り査定をし始めた。



「……一万五千リペアだ」


銀貨一枚と銅貨五枚を疑し気なままの目で手渡す受付の男。

お金の価値はさっぱりわからんが、取り敢えずある程度のお金にはなっているだろう。


「それじゃ、上の食堂に行きましょうか」とハルが私を引っ張った。

……食堂も行きたいが、私は服も買いに行きたい。落ち着かないのだ。


お金は余るだろうか……。








ハルが食堂と言った瞬間に、ぴくりとルーの耳が動いたのを私は確かに目撃した。



……どんだけ食い意地はってるんだ……。

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