八日目 正午

ヴァイアスを殺すつもりで放たれた強烈な蹴りが、私の腹に深々と突き刺さった。


女がもたれ掛かっていた扉を突き破って部屋の中に吹っ飛ばされる。


蹴られた腹から笑えないぐらい大量の鮮血が吹き出した。感じるのは痛みではなく、四肢が千切れるとも知らぬ激しい衝撃。脳が、その激しい衝撃によって脳震盪を起こす。


ぼやける視界の端で赤髪の女が私を見ると、ヒールを履いた足を振り下ろした。


***



目を覚ますと、不思議とどこにも痛みはなかった。


一瞬私は何をしていたのだろうかと、周りを見渡す。


すると、すっかり見た目が変わりまるで怪鳥人ハーピーのような容姿に変わった赤髪の女と目が合った。その瞬間すべてを思い出して慌てて立ち上がろうとした。が、血で滑った私の首に鋭い足の鉤爪を当てた。


「動かないで。殺されたいの?」


「……」


喉仏辺りに刃物を突きつけられたかのような状態だ。

女のその言葉は私以外にも復帰したハルや、ヴァイアス達にも向けられた言葉だった。


「わたしの質問に答えて欲しいの。簡潔に」


「……質問?」


私に質問? なんでだ?

さっきまでは路上の石並の扱いだっただろうに。


「……本当に人間なの?」


……え?


赤髪の女は私の傷一つ無い腹部と、辺りに飛び散った血だまりを見てそう言った。


「……さ、さあ?」


私はそれらを見て、そういえば前にもあったなぁ、なんて思い出しながら小さく首を傾げた。あんまり深く考えたことはなかった。割とどうでもいいとすら思う。

勝手に治るなら治るで楽だとも思うが。


「さあ、ですって? ……ここ数百年の研究被験者データに照合しないし……一体なんなの。……まあ、そんなことはいいの。選ばれたものでないなら、殺せばいいのよ。殺す。殺せる。殺るの。今までだってそうしてきたんだから!!!」


赤髪の女はぼそぼそと呟き、最後に叫ぶと腕に生えた翼で目視できるほどの強烈な風の渦を起こした。


「ライラック! 避けて!」


ハルがそう叫ぶが、立ち上がってすら居なかった私がそれをすぐさま避けるほど動けるはずもなく。ただスローモーションのようにそれを見ていた。


そんな私をヴァイアスが首根っこを掴んで、飛躍する。風の渦は壁にぶつかり、人ひとりが通れそうなほどの穴を開けた。


『オイ、シヌゾ』


念話で短く忠告される。私はこくりと頷いた。

あの風の渦に当たったら確実にミンチにされる。再生するかもわからない。というか、何故今生きてるのかもよくわからない。


モナとウォンが無事か探すと、廊下の壁の端に二匹で寄り添っていた。ウォンが少し前に出ているのを見て、状況も忘れ笑みが小さく零れる。


だが、赤髪の女の叫び声に我に返った。


「姉さんは魔物が好きなの?! そうなの?! あんな醜い化物が!!? それにどうして人なんかと一緒にいるの!! あんなに汚いのに!!」


赤髪の女は錯乱しているようで、腕から生える白と茶色の混じった翼を振り回し、叫び声を上げる。……やけに、ハルに執着するな。

実験体がどうのこうの、というのに関係があるのだろうか。


「うるさいわ、よ」


血を口の端から零しながら、ハルは赤髪の女を睨みつける。


「アタシのことをぐちぐち言う権利はアンタなんかには無いわ!」


「アタシは魔物が好きよ!」




「それの何が悪いの!?」


同士の根性と勇気と、愛を見た。

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