五日目 午前

「キュキュ! キュー!」

「クゥ!」

私が起きるとルーとウォンが、洞窟の中で駆け回っていた。

朝から元気一杯である。


特に大したものを置いていないので、物が壊れることはないが、今日はルーの目がハッキリと開いていて、もう走り回れるようにもなっていた。

赤子の成長は早いものである。


ウォンはもう成長しきったのだろうが、相変わらず小さい。

精々ハムスターより一回り大きいぐらいだ。


正直、まだまだ赤ちゃん狼のウォンと変わらない。

下手するとウォンの方が小さい。

これで成体、人間で言う二十歳である。


それに私の知っているウォンバットはもっと大きい。中には中型犬よりも大きいものもいるぐらいだ。


私は短い足をばたばたさせて走りまわるハムスターサイズのウォンをじっと見つめる。


……まあいいか。可愛いし。


私は駆け回るルーを抱き上げ、膝の上に乗せる。

そして魔法袋から出した魔物用櫛を使い、ルーの真っ黒な毛並みを整えていく。


「クゥー……わぅ……」


次第にルーの瞼が落ちていく。

まだ幼いからか、ルーはよく寝る。

寝る子は育つと言うから問題は無いのだろう。


うとうとしているルーを藁の上に乗せ、ウォンを今度は膝の上に置いた。


「キュ?」


ウォンはそんなに毛が多くなく、かつ短いので先の丸い櫛で解いていく。

解く、と言うよりマッサージかも知れない。


同じくうとうとし始めたウォンを藁の上、ではなく籠の中に入れる。その後にルーも移動させた。


哺乳瓶の中身は既に昨夜、準備済みだ。

ウォンとルーに御飯を上げると、今日の出かける準備は終了した。


干し肉はもういい。


五日連続、朝昼晩全て干し肉なんて嫌だ……。

ゴムじゃなくて、美味しい魚が食べたい。


なので、今日は川が流れが落ち着いているか、見に行くつもりである。



***



「きゃああああ!!」


川の流れが落ち着いたか見に行っている途中の出来事だった。

そう遠くない所から、人の悲鳴が聞こえてきたのである。


この世界に来てから、初めて人の声を聞いた。


これも何かの縁か、と私は声の場所へ駆け出す。もし万が一、私の手に負えなさそうだったら逃げるつもりである。

私一人の命ではない、ウォンとルーがいるからだ。


それでも、危険を犯して助けに行こうとしたのは、私も人寂しかったからなのだろうか。



***


「ひ、もう無理! もう無理です!」


声の場所にいたのは、一人の少女とブラットウルフの群れだった。


既に私は踵を返したくなった。


少女は、自身と同じかそれ以上ある大きな荷物を背中に背負っていたが、ブラットウルフの群れの攻撃を間一髪で避けていた。

桜色の長髪が避ける度に左右に揺れる。



凄いな、あの子。



だが、流石に限界が近付いてきたのか、額から玉のような汗が流れ落ちている。



私は木の陰に籠をそっと置く。

意味はないかもしれないが、草木でカモフラージュしておいた。


一応魔石を幾つか魔法袋から取り出しておく。

効くかはわからないが、保険である。


そして、私は少女の元へ駆けた。




***


「本当に! 本当にありがとうございます!……今度ばかりは死ぬかと思いました……」


桜色の髪の少女が泣きそうな顔で礼を述べる。

顔立ちは西洋人形の様に整っており、真っ白な腕から幾つも見える傷跡が余計痛々しい。


少女の泣きそうな顔と、その傷跡のせいか、随分幸薄そうに見えた。



「いえ……」

冷静になってみれば、どうしてこんな森で一人、少女が歩いていたのか気になるのだが、私はそれよりも気になることがあった。



あの時、ブラットウルフの群れは私を見ると攻撃を一斉に止めたのだ。


何故だろう。


同じブラットウルフのルーの匂いが私からしたからだろうか。


それとも、『魔物の守護者』になったからだろうか。


ふむ、どちらもありえそうだが……。

何れにせよ、わかる日が来るだろう。


自分から試すのも手だが、まあそれはおいおいだな。


「それにしても、どうしてこの森に?」


少女が私に問いかける。

その質問は正直、私が少女にしたかった質問であった。

むしろ君に聞きたい、と言うやつである。



「……この森に住んでるから」


異世界からこの森に飛ばされてきましたー、なんて言ってもしょうがないだろう。

それにこの森に住んでいるのは嘘ではない。純然たる事実だ。


「へ?」

少女がぽかんと口を開けた。


「……えぇえええ!?」


数秒間を置いて、少女が絶叫した。


ふむ、良いリアクションをする子だな。



「こ、こ、こ、この森に!? 魔物がそこかしこにいる、この混沌の森に…住んでる!? ええ!?」

目を白黒させる少女。


正確には、この森に住んでて魔物の世話をしてます。


内心そう思いつつ、少女の問いに頷く。


「大丈夫なんですか!?」

掴みかからんばかりの勢いで詰め寄られるが、今のところ大丈夫である。 最初に怪我したぐらいで。


段々、木の陰に置いてきたウォンとルーが気になってきた。

起きて何処かに行ってたらどうしよう。


「あ、ああ、大丈夫。」


こくこくと何度も頷く私の両足に何かが軽くぶつかった。

その、ふわふわした何かが。


……も、もしかして、来ちゃった……?

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