五日目 正午

 足元を見るとウォンとルーが、此方を見ていた。

 少女もぽかんとした顔で私を見ていた。


 ふむ、どうしよう。


 取り敢えず私は二匹を抱き上げ、少女に会釈してその場を去ろうとした。

 だが、私が去るより早く少女にガッと肩を掴まれた。痛い。うわっ、普通に痛い。


「そ、その子達って……」


 私の肩を掴む少女の手が震える。

 そう言えば、先程までこの少女はブラットウルフに襲われていたのだった。


 もし、ウォンやルーを攻撃するつもりなら、その時は容赦をするつもりない。


 だが、そんな心配は無用だった。



「か、可愛いぃいいいい!!」



 意気込む私を置いて、少女は絶叫した。

 ウォンとルーを見る少女の目が、爛々と輝いている。


 ……此奴、もしや仲間か!


 先程、ブラットウルフの群れに襲われていた時、少女は群れ全体の攻撃を避けられる速さが、実力があった。


 だが、少女は逃げなかった。


 その場で避け続ける選択を選んだのだ。


 私はてっきりそうせざるを得なくなったのかと思ったのだが、この様子だとブラットウルフのもふもふが見たいが為に、その場に居続けたのかもしれない。


 ……何だろう、凄く親近感を感じる。


 私は、ブラットウルフに襲われた時に、ブラットウルフのもふもふが見たいが為に逃げながら何度も振り返った挙句、死にかけたことを思い出した。


 それに少女は先程、「今度ばかりは」と言った。

 つまり過去何度も、先程の様な荒技を繰り返しているのだ。


 清々しいまでのモフモフへの情熱。

 私は少女に敬意を感じた。



 私と少女は、どちらともなくお互いに手を出し合い、手を握り合った。




 此処に、モフモフ同盟結成である。




 ***


「まさか、アタシを超えるモフモフ好きがいたとは知らなかったわ。森に住んで、魔物を育ててるって……完敗だわ」


 すっかり素が出ている少女は今、私が住んでいる洞窟の中にいた。

 喋り方が少女と言っていいのかわからない程貫禄があるのだが、何も言うまい。

 雉も鳴かずば撃たれないのだ。


「いや、貴女程じゃない」


 私はこの状況に半ば、成り行きでなったのだ。


「謙遜はよしなさいよ……あ、貴方、名前は? 私はハルバーナ・ルビストン。ハルで良いわ」


 少女、いや、ハルが苦笑して私に名前を問う。

 ふむ、少々困ったことになった。


「……名前は……ないな」


 と言うか、忘れた。

 どんな名前だったのだろう。

 格好良かったのかね。

 それとも平凡な名前だったのか。


 今まで人と会ったことが無かったから考えすらしてなかった。


「……へ? 名前、無いの?」


 ハルは今日何度目かになる唖然とした顔をした。

 ルーとウォンがいる籠は、座る私達の間にある。

 そこからひょっこりとウォンが顔を出して、ハルを見ていた。可愛いな。


「ああ、無い。でも不便に感じたこともない」


 だから問題ない。


 私はウォンの頭を撫でる。

 手のひらにウォンの暖かい体温が伝わる。


 そんな私をハルはじっと見たかと思うと、ガッと襟首を掴んできた。


「……駄目。絶対それは駄目よ」


 決して大きくはない、だが、芯のある声が洞窟内に響く。



「名前が元から無いならそれは仕方ないけど、……それを、当たり前のように甘受したら駄目!」


 ハルの真っ直ぐな視線が私に突き刺さる。


 ハルは私の襟首から手を離し、深く息を吸うと胸を張って、にっこりと笑った。




「それに、名前が無いなら私が付けてあげる!」





 ハルの言葉が上から目線にも拘わらず、何故か腹が立たなかったのは、





 その笑顔が春の太陽のように、余りにも無邪気で無垢だったからかもしれない。





 ***





『ハルバーナ・ルビストン』


 渾名 ハル

 性別 女

 年齢 不明

 経歴 元奴隷

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