五日目 午後

「……そうね……ライラック……ライラックはどう? ライラックの意味は『思い出』『希望』『可能性』があるの。

もし、これから先、もっといい名前が見つかったらそれにすれば良いわ」


ハルが頬を掻いて、赤くなった顔ではにかむ。


思い出、希望、可能性の意味か。


……良い、名前だな。


それに何より恰好良いのがいい! 名前負けしない様にしないとな。


「ど、どう……?」


不安そうにハルが私の顔を覗き込む。私はハルに笑って頷いた。


「……気に入った、ありがとう」


そう言うとハルはほっとした顔で、肩の力を抜いた。


「礼なんていいのよ、命の恩人だし……。本当はもう少し可愛い名前にしようか迷ったのだけど、気に入ったようで良かったわ!」


……ん?

今、ハルの台詞に激しい違和感があったな。


「可愛い、名前?」

疑問符が私の頭の中を覆い尽くしていく。

どういう意味だろうか。



その疑問の答えは、直ぐに見つかった。



「あら、だって女の子でしょ?」




……女の、子?



どうやら、私とハルの間にとんでもない勘違いが生じていたようだった。




***


「ええええええええ!? 男ぉお!?」


ハルが私を指差して絶叫する。失礼な、私はれっきとした男である。

ちゃんと確認したし、間違いない筈だ。


「ぼ、ボーイッシュな無口系少女かと思ったのに! 詐欺じゃない!?」


よよよと崩れ落ちるハル。

私は自分の顔を見たことがないから、よくわからないがちょっと悲しい。


早速名前負けか……。



「ライラックって女の子の名前なのに!」



ライラックって格好良いと思ったのに……女の子の名前だった。

衝撃と言えば衝撃だが、どうせ他の人間に会うことは少ないだろう。多分。

自分が気に入ればそれでいいのだ。

私はライラックと言う名前を気に入った。


「気に入ったからそう名乗るよ。」


ハルが目を見開いて、笑う。


「……貴方ってホント変わってるわ!」




***


ハルは普段、街から街へ、流れの露店をして生活しているのだと教えてくれた。

背中に背負っていた大きな荷物の中には、数え切れないほどの物が入っていた。


「はい、ライラックにあげるわ。」


ハルはその中からぱんぱんに詰まった袋を一つ取り出して、私に手渡した。

その中身を見ると、ほんのり茶色がかった小さな卵形の種が沢山入っていた。


私はこれをよく知っていた。


いや、これに良く似たものを知っていた。


「マイカが入ってるの! 煮れば主食になるわよ。」



これは米だ!





その後、私はハルに魔石を一つお礼に渡し、暫しの別れを告げた。

ハルは不定期でこの森を渡るらしいので、私が此処に住んでいる限りまた何時か会えるだろう。


最後にハルは満足いくまでウォンとルーを撫で回すと、ほっこりした顔で手を振った。





その晩、私が食べたマイカは最高だった。



米はやっぱり良いな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る