第4話
異世界に来て三日目。
私は漸く洞窟の外に出た。
洞窟の奥はまだまだ続いてるようだが、洞窟の奥に食料があるとは思えない。飢え死にするわけにはいかないのだ。
洞窟の外に出ると、太陽と同じような役割を果たしているだろう恒星が頭上に来ていた。太陽が頭上ということは、昼だと思うのだが、実際のところどうなのだろう。
私の服は上下、灰色のスウェットの上に黒いパーカーを来ているだけだ。まるで近所のコンビニにでも出かけ出しそうな恰好である。
案外私はコンビニに行く途中で、此処に来たのかもしれないな、なんてことを思った。
だって、ラフ過ぎるだろう。
そういえば、実はウォンバットは有袋類なのだ。
つまりはカンガルーと一緒で、産まれてから暫くは母親の袋の中で育つ。
それと関係あるかはわからないが、ウォンは私のパーカーのフードの中を気に入った様だった。肩甲骨辺りにもぞもぞ動く感じがする。
正直少しこそばゆい。
「ウォン、落ちないか?」
「キュ!」
……それはどっちなんだろう。
恐らく「大丈夫!」と言ってる気がする。
落ちても大丈夫、なのか落ちないから大丈夫なのかは、今一よくわからないが。
洞窟から一歩外に出ると其処は深い森の中だった。木漏れ日が私とウォンに降り注ぐ。
朝感じた眩しさは、この木漏れ日だったのだろう。
森の奥から、鳥の甲高い鳴き声や、獣の息遣いが聞こえてきた。風が勢いよく吹き、パーカーのフードが旗めく。
「ギャ!?」
パーカーの中にいたウォンが悲鳴を上げる。
私はパーカーのフードを片手で押さえながら、苦笑いを浮かべた。
「本当、木ばっかりだな」
予想以上に茂った木々に圧倒された。 今にも、そこの茂みから猛獣が出てきそうだ。
たかが人間一人と生まれたてのウォン一匹、瞬く間に腹の中に収められるだろう。
誰だって他所の昼食にはなりたくないものだ。
「……取り敢えず飲み水の確保はしないとな」
……だが、何もしなければその時はウォンもろとも餓死するだけだ。それだけは避けたい。
獣に襲われるにしても、体力があるかないかで生死を分けることもあるはずだ。
私とウォンは未開の森へと踏み出した。
***
太陽が少し傾き始めた現在、私とウォンは全力で逃げていた。
草木に足を取られ、よくわからない虫に顔面衝突されながら無我夢中で走っていた。
フードが右へ左へと揺れ「ギャギャギャ!ギャーッ!」と背後から悲痛な鳴き声が聞こえるが、今はどうもしてやれない。
そんな私達を追い掛けるのは、額に紅い琥珀を付けた黒い狼だ。
その石、全ての生き物に付いているのだろうか? ……謎だ。
命の危険であるが、どこかわくわくしてしまうのは、黒狼のもふもふした毛が気になって仕方ないからだ。もう根っからの、どうしようもない動物好きなのである。
治す気は微塵もない。
命の危機ではあるがどうしても、黒狼のもふもふが気になって振り返ること早数回目。
黒狼が体を大きく揺らして駆ける度に首回りの毛がふわふわを強調して……ってグフッ!?
根っこに足を取られ、私は思いっきり転倒し、腹部を強打した。
正に自業自得である。
痛みで悶える私に容赦なく迫ってくる黒狼。
せめて、もふらしてくれたら齧るぐらいは許……やっぱり甘噛みでお願いします。
黒狼に内心で懇願しながら、痛みを堪えて一歩でも遠く行こうと腕で這う私。
それを黒狼が許すはずもなく、
「グルル……」
黒狼はうつ伏せで悶えていた私の背中に、前足を乗せた。捕食体制である。
その時、「ギャギャギャ!」転倒した衝撃でフードから飛び出たウォンが私の頭に飛び乗った。
そう、黒狼の目の前である。
何をしているんだ!
このままでは私より先にウォンが食われてしまう。小さいウォンなど、一口でぺろりだ。
今の危機は私のミスが招いたのだ。
私のミスでウォンが、小さな命が死ぬ。
……ああ、それは凄く嫌だ。
私は無理矢理体を反転させると、黒狼の首根っこを掴んだ。
「ガルァッ!?」
そのまま勢いよく、黒狼を木に投げ飛ばす。私は無我夢中だった。
火事場の馬鹿力というやつである。
横目でウォンを探す。ウォンは私が無理矢理ひっくり返った所為で、少し飛ばされてしまったが無事の様だった。
だが、黒狼もやられっぱなしではない。
木を蹴り、半回転して着地するとそのまま凄まじい勢いで私の方へ襲いかかってきた。
格下と思っていた相手に反撃されたのだから、その怒りは凄まじい。
野生の獣の全力に対応出来る筈もない。私は両腕で弱点である首筋を守ることしか出来なかった。
黒狼の犬歯が腕にブスリと突き立てられる。
右腕の骨が折れる音が鼓膜に直接響いた。
肉がごっそりと持っていかれる。ぶちぶちと筋肉が切れる音がする。
血が腕を伝って胴体を染め上げる。
「ぐ……ゔっ! ああぁあああああ!!!」
熱い。
痛い。
痛い!!
あまりの苦痛に私は空へ絶叫する。
その時だった。
空から白い塊が勢いよく降ってきたのは。
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