六日目 午後

「ヴァイアスを苦しめている毒は人工的に作られた『対魔物用』のものよ」


さっきまでは何の毒かまでは特定できなかったけど、あいつらが絡んでるなら話は別よ、とハルが太陽マークの釦を、忌々しそうに弄りながらそう言った。


……人工的に作られた毒?


それはつまり、


「ヴァイアスは人に襲われた、のか?」


……という事になる。


有り得ない話ではない。寧ろそうじゃない可能性の方が元から低いのだ。

魔物を狩る、ハンターという職業があることも私は知っている。


だが、魔物を人間がどうこう出来るのか?


黒狼、ルーを見ているからか尚更そう思うのだ。


……いや、だからこそ『毒』か。



「注目するべきは人に襲われたかじゃなくて、一体誰に襲われたかよ」


「……誰と?」


誰、が重要なのだろうか。

私は首を傾げた。ふと下を見るとウォンとモナもこてんと首を傾げていた。


「『対魔物用』の毒とはいえ人に害がない訳ではないのよ。だから使用者は必ず持ってるはずよ」


漸く私は、ハルが言わんとしている事が分かった。


「そうか! 解毒剤!」


ハルは悪戯っぽく笑うと太陽の釦を私に投げ返す。


それに、キッ! とモナが反応した。

それは興味があるというより、敵対心を抱いているようだ。ヴァイアスを傷付けたものだと思っているのかも知れない。


……ふむ、強ち間違ってはいないな。



「その釦には『アメサスタ』の国旗が刻まれてるわ」


『アメサスタ』……何処かで聞いたことがある国名だ。

私は手元にある、赤と青で彩られた太陽の釦を見つめた。


「……ということは、解毒剤はそこにあるんだな」



「確実とは言えないわ。でも、」


「やらないより随分マシだ」


私達はお互いの手を打ち合わせ、頷いた。目的地が分かれば後は向かうだけだ。



例え、それが賭けだとしても。


賭けなければ何も始まらない。



待つだけはごめんだ。


***



『……ココハ……? 』


治療後から暫くしてヴァイアスは目覚めた。


ヴァイアスは『念話』を使い、たどたどしくではあるが私に問いかけた。掠れてはいるが、人でいうならアルト程の音程だ。恐らく女性、雌だろう。


……ハルの治療の甲斐あってだな。


しみじみ私はそう内心で呟く。まだ完治はしていないが、それでも死の淵から随分回復したものだ。


てっきり、ヴァイアスが目覚めたら懐いていたモナは飛びつくとばかり思っていたのだが、沈黙を貫いている。沈黙、というより、どうすればよいか分からずそわそわしているように見えた。


……シャイか。

パラレプス、モナの意外な一面を知った。


目覚めたヴァイアスといえば、元は筋肉質であっただろう前足はすっかり削ぎ落ち、立っているのもやっとなほど細くなっている。


目覚めたばかりだからか、目の焦点がどこか合っていない。どうやらぼんやりしているようだ。


「始まりの洞窟、と呼ばれる場所らしいが……」


白梟のフェリスはそう言っていた筈だ。赤ちゃん魔物が生まれる洞窟だしな。


『……始マリノ ドウクツ ……』


ぼんやりした目のままヴァイアスは反復する。


『……オマエハ、魔物ノ守護者カ……』


ふらりとヴァイアスは揺らぎ、足をついた。目の焦点が合うにつれ、ヴァイアスは唸り始めた。


『子ハ……? 子ハドコダ!?』


……子供?

ヴァイアスには子供がいたのか。私の胸に、無性に嫌な予感が込み上げた。

予感、というより、最早確信である。


『アノ人間ガ 攫ッタノカ!!』


ヴァイアスが目を見開いた。


ウォンは先程から私の足首にしがみついたままだ。本当、私も何かにしがみつきたい。


『殺ス!殺シテヤル!奴ラヲ 、原型スラ残ラヌホド切リ裂イテヤル!!』


完全に目の前が見えなくなっているようだった。あらん限りの力を振り絞り、荒々しく吼えるヴァイアス。


「……ライラック」


どうする?


ハルは私に静かに目配せをした。私やハルが何か起こすより早く、荒れ狂うヴァイアスに駆け出すものがいた。


──モナだ。


いやいやいや!

今行ったら駄目だろう! どう考えても!

本当に何を起こすか分からないチビ達に、私は思わず目眩がした。


ヴァイアスの爪は人間の背中を、いとも容易く切り裂くほど鋭いのだ。


そんな私の心配は杞憂に終わった。



「グ、ガ、…ッ!」


ヴァイアスの体力が限界だったのだ。当たり前と言えば当たり前だった。

ヴァイアスはつい先程まで瀕死だったのだ。


崩れ落ち、苦しげに息を漏らすヴァイアス。

モナはそんなヴァイアスを気遣うようにぺろぺろ、毛を舐めていた。


そんなモナを怪訝な顔で見つめるヴァイアスは、苦しそうではあるものの、先程よりは幾分か落ち着いているようだった。


『……魔物ノ守護者、コレハ 何ダ?』


酷く疲れ果てた声が頭の中に響く。

ヴァイアスはモナの背を軽く噛み、私の方に向ける。

モナは遊んでもらってると思っているのか、楽しそうにプープー鳴いていた。


……全く、危機一髪だったのを分かっているのだろうか。


私の気持ちを代弁するように、隣でハルが溜息をついた。


「パラレプスのモナだ。いつの間にか貴女の所に行っていたのだが、何か知らないか?」


あの日は本当に焦った。起きたらモナが居なくなっていたのだ。

ルーにも手伝って貰い、探し回った結果、ヴァイアスと共にいたのだ。更に慌てたのは言うまでもない。


ヴァイアスは暫く思案した後、ポツリと呟いた。


『……確証ハ ナイガ、モシカスルト……』


彼女はまだ混乱しているのか、途切れ途切れに話し始めた。


突然、人間らしき者に襲われ、何かを刺された。

……恐らく『対魔物用』の毒のことだろう。


抵抗し、何人かを食いちぎったが、その隙に子供を攫われたらしい。

……この時に釦も一緒に食べたのか。釦以外が出てこなくてよかった……。


意識が朦朧とするなか、白い何かを見つけ、それの背を噛み、魔草の群生地に最後の力を振り絞り向かったらしい。

……白い何か。どう考えてもモナだな。



つまり、こういうことか。


対魔物用の毒を打たれ、錯乱状態にあったヴァイアスは真っ白いモナを白虎の子と勘違いして連れていった。


そして、まだ目の開いてなかったモナは目を開けた時に、近くで動いていたヴァイアスを親と刷り込み効果で思った訳だな。モナは小鳥じゃないけども。


なるほど!


漸くすっきりした。

実は今までずっと気になっていたのだ。

なるほど、なるほど……。


……ん?


一つ謎が残っている。


何故、モナが外にいたんだ?


洞窟の近くにヴァイアスの血は落ちていなかった。

あれだけ傷だらけなのだから、血痕が落ちていない方がおかしい。


ならば、洞窟から多少離れたところで両者が出逢ったと考えるのが自然だ。



……一謎去って、また一謎?



ヴァイアスはそれを話終えると力尽きたとばかりに瞼を閉じた。



「……『アメサスタ』へは明日になりそうね」


ハルは苦笑いしながら私に言った。

私はそれに頷くと、隠れていたウォンを持ち上げ、背中を撫でる。


明日に備え、『アメサスタ』に向かう準備をしながら、寄り添う奇妙な虎と兎を見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る