二十七日目 午前

「おい、持ってんだろ?」

「ちょっとだけ俺らに寄付すると思ってさ。それなら痛い目は見ないで済むぜ?」


街を散策していた所、私は世紀末にいそうな、今にも「ヒャッハー」と叫び出しかねない厳つい見た目をした柄の悪いチンピラ集団に絡まれた。


いや、絡まれているというよりは、現在進行形でたかられている。





……どうしよう、普通に怖い。


集団に絡まれるのは、実際自分の身に起こってみると笑えないレベルで怖い。


ハル……朝のあの会話はどうやらフラグだったようだ。



***


翌朝、宿屋を後にした時に、ハルが突然顔を真っ青にして私の方を向いた。


「やらかした! ……ら、ライラックごめん! 本当ごめんね!!」


その余りの気迫に、お、おお……と動揺する私。寝坊助の二匹は寝返りをうっただけだった。これは強い子に育つぞ。


「……ど、どうしたんだ?」


「ちょっとばかし……行かなきゃ行けないところがありまして……」


改まってハルが言うものだから、どんなアクシデントが発生したのかと思えば……。私も子供ではないのだから、そんなに気負わなくても良いのにな。


「わかった。帰って来れるのは何時になるんだ?」


我が家に帰るには、ハルの持っている転移石がないと帰れない。だからそう聞いたのだが、ハルはきょとんと首を傾げた。


……ん?


「何時? って何のこと?」


もしかして時間の観念がないのか?いやいや、時計塔が存在するのだからそれはないはずだ。


「あー……、私はハルが帰ってこれる時間について聞きたかったんだ」


そう言うとハルはぽんと手を叩いた。


「時計塔の鐘が九回なった時間よ。……あ、因みに時計塔の鐘がなるのは針が二周する度にだからね」


……ちょっと待ってくれ。


つまり針が一周するのを一時間と仮定すると、『二時間に一回鐘がなる』訳だな。


まさか時間の数え方が違うとは思わなかった。


「鐘は一日に何回鳴るんだ?」


「? 十二回よ」


第一地球の自転の速さと、この異世界の自転の速さが同じとは限らない。

寧ろ、違う可能性の方が高いだろう。


異世界の星がまず自転してるかすらわからない。

もし天動説がこの異世界では真実だったとしても、私には確かめる術がないのだ。


……ああ、話がずれてきた。そうじゃないんだ。



取り敢えず、

『二時間に一回鐘が鳴る』

『一日十二回、鐘は鳴る』

という事を一応頭に入れておく。


そして、鐘が九回というのは、つまり地球時間で言う『午後六時』のことだ。



午後六時頃に集合したら良いわけだな。




「待ち合わせ場所は、ギルド前で良い?」


ハルが私にそう聞いてきたので頷く。お互いが知っていて、かつ集合場所が分かりやすいのだから最適だろう。


「ああ、ギルド前だな。わかった」


しっかりと忘れないように記憶にメモしておく。



「ライラック、最後にこれだけ言っとくわ……」


ハルが転移石を使う直前、思い出したようにぽつりと呟いた。


「……どうしたんだ?」


「……あのね。この街は比較的治安はいいけど、それでも犯罪がないわけじゃないわ」


心配そうな目だった。


例えるなら、三歳児が初めての御使いをしようとするのを、心底心配そうに見守る母親のような目だった。


「ライラックが魔草の種を昨日売ったのを見てる人はそれなりにいるのよ」




「気をつけてね」



そう言い終わると、ハルは転移石の光の中に消えていった。


***



そして話は冒頭に戻る。


途中までは楽しかったのだ。

表道の出店を二匹と一緒に食べ歩きしながら、だらだらと過ごしていた。

だが、どんどん歩いていく内に、私は如何やら裏道、路地裏に入ってしまったようだった。


綺麗に塗装された表道とは一変、荒れ果てた路地裏には如何にも怪しそうな露店や、蹲った人達、そんな人達蹴り飛ばす柄の悪い男達がいた。


その光景にはっと我に返った私は、慌てて路地裏から逃げ出そうと体を反転させた。

だが、既に目の前には世紀末の人間が五人程立ち塞がっていたのだ。手遅れであった。


……う、うわぁ……。






私は速攻で手持ちの金を全部渡した。暴力沙汰になるよりは余程良い。


「こんなすくねぇ訳がねぇだろーが!」


だが、男達はその金額に納得出来なかったらしい、

一番前にいた男は私の首を強引に掴み上げた。く、首が閉まる……!


……ハルならこんな奴ら一瞬で蹴散らしそうだなぁ。



ハルが大金を持っているのだから、ギルドに預けた方が良いと言っていた事もあり、私は千リペア程しか持っていなかったのだ。

ハルの勘は正しかったらしい。流石だ。


酸素が回らなくなっていき、意識がどんどん遠くなっていく。



私の首を絞められているのを見たウォンが、腕から飛び出し男の鼻にがぶりと噛み付いた。何時の間にかルーも腕から居なくなっており、私の前に守るように立ち塞がっていた。


「ってぇな!」

男は私の襟首から手を離すと、顔に噛み付いたウォンを思いきり鷲掴みする。


「ぐ、がはっ、はぁっ……」


軌道が確保出来たものの、先程まで締められていたこともあり苦しくて私は思わず咳き込んだ。




「このっ、クソネズミがッ!」

男が鷲掴みしたウォンを壁に思い切り投げ飛ばす。


「ギャ!」


悲鳴を上げて壁に叩きつけられるウォン。

立ち塞がっていたルーも他の奴らに蹴り飛ばされた。






私は息苦しさも忘れ、意識が急速に覚醒していく。


脊髄に氷水が入っていくような心地がした。





此奴ら、今。








──ウォンとルーに、何をした?

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