八日目 午前十一時
女性は真っ赤な髪を揺らして私達の方を見るとにっこりと破顔する。
「姉さん、来たの?」
あまりにも親しげに、見ず知らずの女性が話しかけてきたものだから一瞬訳が分からなくなった。姉さん……ということは、恐らく隣のハルに向けた言葉だろう。
一方、言葉を受けたハルは怪訝そうに眉を寄せた。
「……アタシは知らないわ。初対面の筈よ」
「初対面……ああ、私は血縁だとか家族だとかそういった下らないことを言ってるわけじゃあないの、姉さん。実験体65番、数少ない成功例の貴女を姉だと言ってるの」
……実験体?
また聞きなれない言葉だ。ハルは元奴隷なのではなかったのか。
「それに……」
ハルは尚もぺらぺらと楽しそうに喋る赤髪の女性の首を掴んで壁に叩きつけ、唸るように言った。
「ごちゃごちゃ五月蝿いわ。魔物の子と解毒剤渡しなさい。さもないと首をへし折るわよ」
な、なぜか今日はやけに怒っている人をよく見る気がする。
ハルしかり、優矢しかり。
そして私は何より背後で沈黙を守っているヴァイアスが怖い。
「……魔物の子供? 解毒剤? なにそれ」
「あ、ぐッぁ!」
首を抑えられたままの赤髪の女が嘲笑うような顔を浮かべ、ハルに強烈な回し蹴りを加えた。ハルは廊下の堅い壁にぶつかり、血を吹き出した。
「ハルっ! 」
思わず回復用の魔石を取り出して、ハルへと駆け寄ろうとしたが首根っこを掴まれ、壁に叩きつけられた。ウォンは咄嗟に抱え込んだが、私の何処かの骨が折れた気がする。
「ぐっ、……う、ウォン……」
ウォンに目立った外傷はなかったことだけが救いだった。
「なにそれ。たったそれだけの為に姉さんはここに来たの?」
女は私たちには目もくれず、ただハルに冷たい瞳で質問を浴びせかけた。
「グルァアアア!!」
天高く咆哮し、襲いかかったヴァイアスにも鋭い蹴りが放たれるが、それをヴァイアスは紙一重で避けてみせた。軽く爪が女の頬を掠ったらしく、つぅーっと額から血が垂れた。だが、女は気にしたそぶりも見せない。
私はハルの方を見ると彼女は咳き込みながら血を何度も吐いていた。
私自身も恐らく肋骨にヒビが入っているだろう。
泣きたいほど痛いが、このぐらいの痛みなら優矢のドアアタックの方が痛かった。あれは
小さく詠唱と呟き回復している間、ヴァイアスへと素早く視線を動かす。
丁度、徐々に人間から別物へと変わっていく赤髪の女が、ヴァイアスに更なる追撃を加えようとしているところだった。
脳裏にぼろぼろだったヴァイアスの姿が蘇る。
助けないと。
ウォンを手から離し、ヴァイアスと赤髪の女の間に割って入る。
それは暴れるヴァイアスとモナの間に割って入った時と不思議なほど良く似ていた。
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