二十六日目 正午

項垂れる私を引っ張りながら、ハルは光り輝く転移石を掲げ、


「『転移』シソーラス!」


と軽やかに唱えた。




瞬間。



世界が歪む。





全身が押しつぶされそうな圧迫感に目を瞑りながら、暫し耐える。

頭が脳髄からぐるぐると回転している気さえした。

簡単に言うと、気分が悪い……。




次に目を開いた時には、巨大な門の前にいた。


門の前には衛兵らしき人物が街に入ろうとする人々を検問をしているようだった。

私達も検問の列の最後尾に並ぶ。


……人が沢山いる……。


女装紛いの服装をしていることも忘れ、その光景を眺めた。


異世界に来て、約一カ月。


初めて大勢の人間を見た。


商人らしき人や、剣を腰に差しているハンターらしき人。

ちょっと身なりの良さげな人。

逆にボロ布を纏っただけの人もいる。


……そして、魔物の死骸を抱えている人もいた。


ウォンとルー、今はハムスターと犬に変わっている二匹が怯えた様に私の足元に隠れる。

がたがたと震える感覚が私の足にまで伝わってきた。

私は二匹を抱きかかえ、宥める。


……連れてこない方が良かったかもな。



「……大丈夫?」

ハルが小声で心配そうにウォンとルーを気遣う。

暫く宥め、落ち着いてきたようなので、私は軽く苦笑してそれに答えた。


「……良かった。……大丈夫、変装は絶対にバレないわ。正直、それを見破れるのなんて勇者ぐらいなもんよ」


ハルが悪戯めいた顔でウォンとルーを撫でながら笑う。

「キュ」「クゥ……」と二匹も小声で返事をした。

……やはり言葉がわかるのかもしれない。


そうこう話しているうちに衛兵の検問の順番が回ってきていたようだった。



「このシソーラスに来た目的は?」


衛兵が私達を上から下まで怪しいところがないか探りながら尋ねる。


「私は商人よ。目的なんて一つでしょう? 貿易よ、貿易」


ハルはふてぶてしく言う。

……オーラのようなものが出ている気がした。

初対面の時、私に敬語を使っていたのは命の恩人だったからか……。


衛兵も微かに顔が青くなっている気がする。……ご、ご愁傷様です。


「き、許可書は?」


吃りながら衛兵が尋ねるとハルは背中の荷物から、皺くちゃになった紙切れを出した。

確かにその紙には許可書と書かれた文字が見える。

右下に赤い判子も押されていた。


「これよ」

「……成る程。お前は通ってよし。そこの女は?」


急に私に振られた。

……いや、来るのはわかっていたのだが……正直深く考えていなかった。

普通に買い物に来ただけでは駄目なのだろうか。


……と言うか、今、確実に女って言ったよな?


「いや私は……」


男だ、とそう言いかけた所でハルが横から入る。


「この子はアタシの見習いよ」


ほら、ついてきなさい、とハルは私を引っ張りながら門の中に入ろうとした。


……のだが、衛兵に止められた。


チッとハルが横で舌打ちするのを聞いた。


「動物も見習い、……という訳ではないよなぁ?」


何となく嫌な言い方だった。

ハルは眉間に皺を寄せながら、衛兵に荷物から取り出した何かを握らせる。


「最初からそうすれば良いんだよ」


先程の仏頂面から一転、ニヤニヤし始めた衛兵に、今にも唾を引っ掛けそうなハル。

そして状況について行けない私。


……今のは、ハルが衛兵に賄賂を渡したってことで良いのだろうか。



強かだな。……その、両方が。



***


「あーっ! もうあの衛兵ムカつくわ!!」


門に入って暫く歩くと、我慢の限界だったのかハルが右拳を握り締めながら怒り出す。


「なーにぃが、『動物も見習い、…という訳ではないよなぁ?』よ! 馬鹿じゃないの!」


天にその拳を突き上げながら怒りをぶつけている。

余りの怒りに道行く人々がそそくさと避けていた。


「……あれ、どういう意味なんだ?」


ぷんすか怒っているハルに私は問いかける。

ハルは、はっと我に返ったのか罰の悪そうに私を見た。


「……あ、アレはね。衛兵は正当な理由がある人はさて置き、そうじゃない人は個々の匙加減で中に入れるか決めれるのよ」


「……簡単に言ったら『賄賂を渡す人物だけ通そう』何てこともできちゃうのよね。」


「それを防ぐには、『正当な理由を作る』か『舐められないようにする』かの二択なのよ」


「だから、もしあの時アタシが賄賂を渡さなかったら『ウォンとルーは怪しいので一時拘束します。』なんてことが出来るわけ」






「……えーっと、大体わかった?」


此処までをたどたどしく説明したハル。


成る程、大体わかった……と思う。


「つまり、賄賂を渡さないとウォンとルーがピンチに陥ってたわけだな」


そう言うとハルは笑って「それだけ分かってたら十分だわ」と言った。


当の危機に陥ってた二匹はと言えば、初めて来た街に興味津々のようだった。


街は西洋風の煉瓦造りの街で、其処彼処に地面に布を引いて露天らしきものをやっていた。


他に出店も沢山あるようで、肉が香ばしく焼ける音が聞こえてきた。


ルーが私の裾を引っ張る。

食べたい、食べてみたい! と全身で訴えかけてくるルー。


その隣では、果物屋らしき店の方向に私を引っ張ろうとするウォンがいた。


「わかった! わかったから!」


引っ張るのは止めてくれ! と叫んだところで気がついた。






……金、無いな。




***



『ライラック』


種族 異世界人

性別 男

職業 魔物の守護者

状態 一部記憶喪失


所持金 0

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