二十日目
ルーが体調を崩した。
前日何か変なものを食べたか考えたが、特に思いつかない。
だが、ここ最近ルーは離乳食離れをしたばかりで、もしかするとそれが原因かもしれない。
……そうだとすると、ウォンも同じく離乳食離れした筈なのだが、今のところウォンに体調の変化は見られない。
……何だ。何が原因なんだ。
撫でると、ルーの体温が何時もより大分高くなっているのがわかる。息が荒い。
苦しそうなのがひしひしと伝わる。
どうにか出来ないのか……!
ウォンが心配そうに私の足元をぐるぐる回っていた。
そして私を見上げて「ルーはどうしたの?」「大丈夫なの?」と視線で訴えかけてくる。
私はそんなウォンの頭を一撫でし、頼みの綱の魔法書を開く。
『「魔力不足について」
幼体から成体になる過程で度々起こる状態。
体が十分に成長するだけの魔力が不足し、著しく衰弱する。
潜在能力が高い個体ほど魔力不足に陥りやすい。
魔草を摂取することで治る。
但し、魔草は特殊な植物の為、採取してから十分以内に摂取させること。
それ以上経過すると効果がなくなるので注意』
魔力不足……、魔力不足が原因なのか。
やはり離乳食離れが原因……いや、そんな事を言っている場合ではない。
早くルーに魔草を食べさせないと……!
魔草は採取後、十分以内に食べさせないと効果がないとあるので、ルーをその場に連れて行く必要がある。
……大丈夫だろうか。
私は最近はめっきり使わなくなった籠にルーを出来うる限り優しく、だが素早く入れる。
ウォンは抱き上げて肩に乗せる。
そして魔法書で調べた魔草の群生地に向かった。
***
出来るだけ籠を揺らさないように、私は森を走る。
時々、魔物が森を闊歩しているが此方を襲って来る様子はない。
魔法書で調べた魔草の群生地には一時間ほどで到着した。
まだ陽が真上に登っていない時だった。
「……はぁっ、はっ……こ、此処か……」
息を整えながら、私は魔草の群生地を見た。……いや、見上げた。
魔草の群生地は崖の中間地点にある、岩の迫り出した地点に生えていた。
ちらちらと魔草らしき影が下からでも確認出来る。
「……ここを登らないといけないのか……」
魔草の群生地まで、崖は軽く二十メートル近くある。
ざっくり言うと二十五メートルのプールを縦にした感じだろうか。
「いや、無理だろ……どう考えても……」
切り立った崖が私には途方もなく高く見えた。
手が小刻みに震える。こんなの、どうしろって言うんだ。
そんな悲観に暮れる私を奮い立たせたのは、ウォンの「ギャギャギャ!」という、久しぶりに聞いた怒りの鳴き声だった。
突然ウォンが肩で鳴き出すものだから酷く驚いた。
「……そうだ」
驚きすぎて、恐慌状態だった頭が一旦冷静になった。
「……魔法なら、登れるんじゃないか?」
そんな事すら思いつかないほど、先刻の私は焦っていた。
私はそんな私自身を恥じそうになったが、今は悔いるよりやることがある。
私は再び魔法書を開き、魔法一覧を見る。
飛行でも浮遊でも、何でもいい。何か。
「……あった」
私は魔法書の一部を指でなぞる。
『重力操作』
魔石を一つバックから出すと、私は魔法書の通りの呪文を唱える。
『我願う 万物の力から我を解放せよ』
私の足が徐々に淡く灯り始める。
それに伴い体が軽くなっていく。
私はルーの入った籠を抱きかかえ、地面を蹴る。
すると体は勢いよく空へと飛翔した。
私はそのまま魔草の群生地に向かおうとした。
だが、飛翔してから数秒も経たない内に壊れにくい筈の魔石にヒビが入り始めた。
……もしかして、魔力消費が半端なく多いのだろうか?
私は慌てて魔法袋の中から追加の魔石を取り出し、呪文を継ぎ足す。
そんな事を五回続け、漸く私は魔草の群生地に到着した。
魔草は、葉も、花も、茎も、全てが水晶の様な植物だった。
それは、洞窟の最奥地を思い起こさせる様な幻想的な風景だった。
だが、ずっと見とれていられるほど時間に猶予は無い。
私は魔草を一輪引き抜き、ルーの食べやすいサイズに裂いていく。
魔草は水晶の様な見た目をしていたが、驚く程柔らかくしなやかな草だった。
私は裂いた魔草をルーの口元に持っていく。
ルーはゆっくりとだが、魔草を口にした。
安堵のあまり、私は膝から崩れ落ちそうになった。
良かった……。
本当に良かった……。
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