四日目

 地を這うような唸り声が聞こえてきて、私は慌てて飛び起きた。


 ウォンは私より随分早く唸り声に気付いていたようで、藁に隠れて震えていた。

 私はそんなウォンを安心させるように撫で、耳を澄ませる。




 唸り声は洞窟の奥から聞こえてきた。


 ……まさか、もうヴァイアスが目覚めたのか。



 予想より早い。


 魔法書を見たわけでもないのに私はそう思った。まだ猶予があったはずだと。

その矛盾に気付かぬまま私は驚愕を胸に抱き、駆け足で洞窟の奥に向かった。





 洞窟の最奥ではヴァイアスが苦しみながら、のたうち回っていた。


「ガアァアアアア!!」


 手負いのヴァイアスは鋭利な自身の爪で、苦しみのあまり喉や体の至る所を傷つけている。噎せ返るような血の臭いが辺りを充満していた。


 モナは、そんなヴァイアスを見て「キーキー!!」と悲鳴を上げている。


 蔓兎パラレプスであるモナの悲鳴に同調するように草木がみるみる伸び、モナ自身を覆っていた。それ故、モナに目立った怪我はなかった。


 だが、それでも手負いのヴァイアスの流れ弾のように当たる攻撃から、何時までも守り切れるほど頑丈には見えなかった。もし、直撃でもすれば無事では済まないだろう。



 その刹那、ヴァイアスが鋭い爪を振り上げた。

 先にはモナが──……



 ……大丈夫、少し痛いだけだ。



 そう自分に言い聞かせながら、私はモナとヴァイアスの間に体を滑り込ませた。背中にヴァイアスの鋭利な爪が食いこみ、肉が裂けたのがわかった。


「ぐっ……あぁッ!」


 熱い。焼けるように熱い。

けれど、底冷えするような冷たさも感じる。


 私はモナをなんとか庇うことは出来たが、そのまま意識を失ってしまった。



 ***




 胸の辺りを何かが乗っている感触がして、意識が浮上した。


 ……ん?



 私は何をしていたのだったか。

 ……あれは、夢か?


 手負いのヴァイアスが錯乱して暴れた夢を見た気がする。私は意識がはっきりせず、ぼんやりしたまま起き上がった。夢の中、刺された筈の背中は痛くない。


 起き上がると、ごろごろと胸の上に乗っていた何かが転がっていった。


 ……ん、何だ?


「……ウォンと、……モナ?」


 確かモナはヴァイアスと一緒に寝てたのではなかったか。私は首を傾げながら、辺りを見渡した。



 輝く水晶体。散らばる宝石。



 ここは、洞窟の最奥、か?


 状況が分からなくなってきた。

ふと地面を見ると、すっかり乾いた血潮が飛び散っていた。


 おおう……グロいな……。


 ……つまり、何だ? あれは夢じゃなかったのか。


 それにしては背中が痛くないのが謎だ。

洞窟の中央辺りには、昨夜と同じように白虎である痩せこけたヴァイアスが蹲っている。


 私はまるで狐に化かされた気分になった。





 ……最近、わからないことばかりだ。



 どうしてモナが手負いのヴァイアスと一緒にいたのか。


 強者である筈のヴァイアスが、何故此処まで異常状態を併発させているのか。


 ついでに、私の背中の傷が消えてること。



 他にもまだまだある事実に、私は頭を抱えたくなった。



 考えてもさっぱりわからない。私は森の賢者―フェリス―に助けを求めたくなった。今ならロボットに助けを求める少年の気持ちがよくわかる。


 そんな現実逃避をしながら血塗れの地面を見た。これは酷い。

事件現場か、ここは。



 ……とりあえず、地面をどうにかしないとな。


 このままだと色々アレだろう。

私は魔法袋から出した布を片手に、覚悟を決めた。

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