幕間
薄暗い森の中、二人の少女達がとぼとぼと枝を踏みしめながら歩いていた。
目が覚めるような鮮やかなパッションオレンジの髪の少女が、道を遮るように生えていたキノコをべしっと蹴り飛ばした。所謂八つ当たりである。
もう1人の、オレンジ頭の少女と比べれば幾分か大人びた顔立ちの少女は、鮮やかな放物線を描くキノコを目で追う。そしてその哀れなキノコを拾って、アイテムボックスに収納した。
「うっううっ……今頃天国でお酒を堪能してるはずだったのに……よりにもよって混沌の森の中を探索しなくちゃならないなんて……」
「メリーちゃん、『天国で』だと死んじゃうよ。
それにここが混沌の森なのは、メリーちゃんが宿屋の一番高い秘蔵っ子のお酒をこっそりがっつり飲み干しちゃったからいけないんでしょー」
まったくもー、メリーちゃんが飲んでしまったお酒は相当大切にされていたものだったらしくて、高級宿屋のおば様はカンカンになってしまい大変だった。
危うく憲兵に引き渡されかけたけど、二人で頑張って何とか泣き落としに成功したのだ。
その代わりにメリーちゃんが呑んでしまったお酒の元になる『マソウノタネ』なるものを取りに行くことが、憲兵に引き渡さない交換条件として突きつけられることとなった。
……どうもメリーちゃんはわたしの想像を遥かに超える高級酒を呑んでしまったらしい。それもわたしを誘うことも忘れてしまうぐらい夢中になって!
ドワーフの端くれの私には、どんなお酒なのか実は気になって気になって仕方ない。じゅるり。
それにしても、採取してこなくてはいけない『マソウノタネ』がまた不思議だ。
わたし達はそこそこ長い間お宝専門(特にお酒と貴金属)の冒険者をしてるつもりだけど、そんな種は一度も見たことがない。
でも噂には聞いたことがあった。
曰く、マソウそのものが魔物で襲ってくるだとか。
……マソウノタネを持っていると不老不死になれるだとか。
……混沌の森の奥深く、切り立った崖の上に一輪だけ生えてるだとか。
……A
混沌の森の近くの街ならもっと詳しい噂が聴けるだろうけど、辺境の街なら噂なんて背びれに尾ひれがつき放題だ。
それでもA級冒険者ともなれば時々持ち帰るというのだから、存在しないものじゃない。
メリーちゃんとわたしならやってやれないことはない。
だってB級冒険者ふたりが揃ってるんだから。
それになんたってお酒の為だから。マソウノタネが余ったら絶対にお酒にして楽しむつもり……。
「……ひええ、イーグライフがお空を飛んでるよ……」
「メリーちゃん、静かに。気付かれたら晩飯になっちゃうよ」
「……どうせなら晩御飯よりお酒のあてになりたいな」
「馬鹿言わないの」
イーグライフはA
何か厄介な魔法やらを使うわけじゃないけどA級なのはその驚異的なまでの身体能力だ。
その身体には並の魔法も剣も傷一つつけることは出来ない。
雷が落ちても、台風の中でも、例え毒蛙が雨のように降っていても平然と空を優雅に飛び続けたという逸話は有名だ。
仮にB級冒険者でイーグライフを狩ろうとしたら何人死ぬだろう。
でもまあ……。
「気付かれないと思うけどね」
「うんうん、だよね!」
わたし達はB級冒険者で、トレジャーハンターなのだ。所謂ギルドに認められた盗賊で、隠密は得意中の大得意。ドワーフの血を引いてるから小柄だし、気付かれにくい。……メリーちゃんの髪の毛は目立つけど。
イーグライフとまともにやりあっても勝ち目はない。でも何も勝つだけが勝負じゃないのだ。命さえあれば引き分け引き分け。
そうして難なくイーグライフをやり過ごし、ブラッドウルフの群れやら、毒持ちの魔物やらをやり過ごして数日間マソウノタネを探し続けた。
「この崖、噂通りならこの登った先に『マソウノタネ』があるかもしれないね」
「……やっとだね」
わたし達はお互い顔を見合わせて頷く。そして、アイテムボックスに入れてあるツルハシ二本を両手に持ち、崖に突き立てた。
突き立てたツルハシを足場にしてもう一本をさらに上につきたて登っていく。隣を見るとメリーちゃんは器用にツルハシ一本だけでとんとんとんと崖を登っていってた。いつもの倍は速い。
あの目は本気でお酒を追う時の目だ。そんなに美味しかったんだ!
「う、うわあ……」
「すごい……」
崖を登り終えるとそこは『天国』だった。
半透明の触ると割れてしまいそうなほど繊細な花が辺り一面咲き誇っていた。
花びらが風になびいて反射し、七色にキラキラと輝く。どこか涼し気な音がしゃらんしゃらんと聞こえてきた、
……まるでこの世じゃ無いみたい。
あまりにも浮世離れしすぎるマソウの花畑にわたし達は目が離せなかった。
マソウノタネはマソウに特殊な加工をしないと手に入らないらしい。だから、わたし達は何輪かのマソウそのままを持って帰ることにした。
マソウはどこかひんやりとしていて、不思議な感じがした。
「あれ、アイテムボックスに入らない……」
「メリーちゃん、ほんと? ……あ、ほんとだ」
何故かマソウはアイテムボックスに入れることが出来なかったから、腰のベルトに挟むことになった。
歩く度にしゃらんしゃらんと花同士が擦れ合い、透き通るような音が聞こえる。ほんの小さな音だけど、どこか耳に残る。……綺麗。
森の中をわたし達は再び歩いていた。高揚感のためかどこか駆け足気味で。それでも静かに。腰に指した花すら鳴らないぐらい静かに。
そんなわたし達の頭上を大きな影がすっと指した。行きに見たイーグライフだ!
ここら辺はイーグライフの縄張りなんだろう。
でも大丈夫、隠密を使えば逃げられる筈。
「……大丈夫、見つからないよ」
「……う。」
イーグライフは隠れるわたし達には気付かず、そのまま向こうへと飛び去っていく。
それを確認した後に、メリーちゃんと私は、ゆっくりと移動し始めた。何の問題もないはずだった。
小さな風が巻き起こる。
花が僅かに揺れた。
しゃらん。
「メリーちゃんッ!!」
わたしは咄嗟にメリーちゃんを突き飛ばす。
私のすぐ前をイーグライフが轟音を立てて過ぎ去っていった。
気付かれた! 気付かれた! 気付かれた!!
「お姉ちゃんッ!? 何? どういうこと!?」
イーグライフはじっとわたし達の腰の
周りを見渡すと至るところに魔物の姿が見えた。さっきまでは近くにいなかった。何故?
わたしはそっと腰の花に目をやる。
……もしかしなくてもこれだよね……。
わたしはメリーちゃんと自分の足に俊足の呪文を重ねがけする。逃げの一手だ。逃げるしかない。
わたしは腰の花を取り、投げて走り出す。
「マソウは諦めよう! メリーちゃん!」
「え、ええ……お酒ェエエエエ!!」
メリーちゃんの手も勿論取って。
……筈だったんだけど。
走り出したわたし達は、直後思い切り滑った。ドジじゃない。
トラップが仕掛けられていたのだ。
張り巡らされていた蔓のトラップにまんまと引っかかり、わたし達は蔓の簀巻きにされていた。
木から頭を下にしてぷらーんと吊るされているわたし達。
そんなわたし達の前に立つのは、白い、兎だった。確かパラレプスっていう魔物だったような……トラップ仕掛けてくるパラレプスとか絶対信じてもらえないよね……。
パラレプスはぷうぷうぶうぶうと、わたし達には全くわからない言葉で話しかけてきている。
正確には話しかける、というよりは、怒っているみたいだ。手乗りサイズの白い毛玉が怒っていると怖いというよりは可愛らしい。
眦を下げていたメリーちゃんはパラレプスに顔面へタックルを決められていた。い、いま凄い音が聞こえた……。
そんなパラレプスちゃんはヴァイアスの頭の上に乗っている。多分サイズ的に子供だと思うけど、それでもランクCぐらいは余裕であるはず。
対するパラレプスは……確かF? だったかGだったか……記憶にないけど強くなかったのは確かだ。
……なんで一緒にいるんだろう?
違和感のあるでこぼこ二匹に、わたしは昔聞いたライオンとネズミの話を思い出した。
簡単に言えばそれは現実逃避だった。
身動きできないわたし達と自由な魔物達。
目の前のパラレプスとヴァイアス以外にも沢山の魔物の姿が見える。
笑いそうになるぐらい危機的状況だった。
でもこうなったのは油断したからじゃない。軽口を叩きあってたけど、警戒は怠ってなかったつもりだ。だからこれはただのわたし達の力不足。
パラレプスが可愛いのが唯一の救いかもしれない。
「……お姉ちゃん」
「なあに、メリーちゃん?」
「お酒一人で呑んじゃってごめんね」
「気にしないで、また二人で呑もうよ」
「「あの世で」」
……と、まあそんなことを言ったのだけど、わたし達は何故か生きていた。
頭に血が上って気絶してしまったらしい。そうして気が付くと、いつの間にか森の入り口辺りにわたし達は寝転がっていた。
これは気のせいかもしれないけど、気絶寸前の時に人の声を聞いた気がする。うーん、誰だったんだろう……?
なにはともあれ、わたしとメリーちゃんは酒瓶片手に今日もあっちへふらふらこっちへふらふらしている。
宿屋の女将さんにはメリーちゃんと二人で給金なしのお手伝いを半年と、女将さんが普段出しているクエストをいくつかタダでこなすことで、なんとか……なんとか許してもらった。
なかなか大変だったけど、今日こうしてメリーちゃんとお酒が呑めるからわたしは幸せだなあ。
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