第6話
『とは言っても何処から説明したものか……』
首をくるりと左に捻る銀梟。
ウォンも聞く体勢に入ったのか、私の肩に乗る。言葉、わかるのかね。
『取り敢えずこの洞窟について説明しよう。ついて来い』
銀梟はそう言うと、翼を羽ばたかせてふわりと飛び立つ。
「奥に何かあるのか?」
梟は首だけで振り返るとニヤリと笑った。
『来れば自ずとわかる』
***
洞窟の最奥は色鮮やかな水晶が、部屋一面を覆っていた。
淡く光る水晶は最早神秘的とさえ言えた。
地面にはあの琥珀が幾つも散らばって、輝いている。
そうか、梟はここからこれを持ってきたのか。
『どうだ、壮観だろう?』
どこか自慢気に翼をばさばささせる銀梟。
私は「ああ、凄いな」と頷いた。
綺麗だ。人工物のイルミネーションとはまた趣の違う、敬いたくなるような美しさだ。
ウォンが私の肩の上で「キャ! キュキュ!」と感動している。
そんなに上ばかり見てると落ちるぞ。
『……私は、ここで産まれたのだ』
銀梟は懐かしそうに呟く。
「……? どういうことだ?」
『そのままの意味だ。……私はこの水晶から生まれでた。だからその名残がこの額に現れているだろう?』
左翼で、自身の額を指す銀梟。
そこには確かに緑の琥珀があった。
『これは魔石と言って、魔力(エネルギー)の塊であり、私の命でもある。そこにある石も全て魔石なのだ』
『そこにいる『ウォナバット』もワシと同じ魔石を糧とし、命とする魔獣だぞ』
私は思わずウォンを見た。
ウォンはきょとんとした顔で私を見つめ返す。可愛い。
「……ん?「ウォナバット」? ウォンバットじゃないのか?」
微妙に名前が違う。
私の知っているウォンバットと、額の琥珀……いや、魔石以外に何かが違うのだろう。
『『ウォナバット』は水と土の魔法を得意とする小型の魔物で、ウォンバットとやらとはまた異なる種の筈だ』
ウォンも何時か魔法を使うのだろうか……。想像つかないな。
聴き疲れたのか、『ウォナバット』ことウォンは私の肩の上で眠りこけている。
『……魔物はここ最近、急速に姿を消している。その『ウォナバット』もそうだ。数年で力を付けた人間、『勇者』とやらの仕業だろうな』
『そして、減った魔物を増やす役割を担っているのが、この始まりの洞窟なのだ』
『お主はこの始まり洞窟の主、『魔物の守護者』に選ばれた。
『魔物の守護者』はこの洞窟で産まれた魔物を、生体になるまで守護する存在のことを言うのだ。守護者に育てられた魔物は通常より強く育ちやすいのも特徴じゃな』
『そしてその『魔物の守護者』は異世界から召喚される事が多いのだ』
『……此処にお主が呼ばれた理由はわかったか?』
一気に情報が入り過ぎて全て分かったわけではないが、兎に角、「魔物が最近減ってきているので増やしたい」ということだけはわかった。
それでもって、その役目は私というわけか。
……成る程、分かった……気がする。
それは分かったが、他にも疑問は幾つか残っている。
「先代というのは、先代の「魔物の守護者」という事で良いのか?」
私がそう聞くと銀梟はコクリと頷いた。
『そうだ。そしてワシの育て主でもあるな』
……そういえば、先程銀梟はここで産まれたと言っていたことを思い出した。
だから先代の約束の話をした時、どこか嬉しそうだったのか。
仲が良いんだな。
「先代は今何処に?」
『……それがワシもわからんのだ。何処かでふらふらしてるのじゃろう』
何時もの事なのか、苦笑している銀梟。
先代は結構自由奔放のようだ。
寝こけたウォンが肩から落ちかけていたので、慌てて腕で支える。
『ああ、そうだった、そうだった。アレを忘れていた』
銀梟の体が一瞬光り、眩しさに閉じた目を開けると、其処には一冊の古びた本と皮鞄が浮いていた。
「今のも魔法なのか? 凄いな……」
『転移魔法だな。風の属性を持っているワシにとっては造作もない魔法よ』
ばさばさ嬉しげに見える銀梟。
もしかしてこの銀梟、煽てに物凄く弱いんじゃあ……。
……私は考えるのを止めた。
『この道具についての説明で最後かの』
『この古そうな本は、『始まりの魔法書』と言ってな。その時の魔物の守護者にとって必要な情報が浮かび上がる便利なものじゃ』
『そして、この皮鞄は『始まりの魔法袋』と言い、中に入れたものの時間が停止する魔法が掛かった鞄なのだ』
銀梟は私の手の上に、二つの道具を置いた。
……時が止まる? つまり食材が腐らないのか……!
内心歓喜していると、銀梟が水晶の一点をじっと見つめたまま動かなくなった。
「……どうしたんだ?」
『産まれるぞ』
何が、とは聞かなかった。
銀梟が見つめる場所が、徐々に光を帯び始める。
赤に。
青に。
黄に。
緑に。
次々に光が移り変わり、次第に収束していく。
『……赤か』
ウォンの時と同じ、不透明な赤い石が浮いていた。
それはゆっくり地面に降りていくと、徐々にひび割れていき……
見覚えのある小さな黒い、狼が産まれた。
腕を引き千切られたことを思い出し、顔が一瞬引き攣った私に銀梟は言う。
『育てるか育てないかはお主の自由だ。誰も咎めはせん』
『主が、自分で決めろ』
こうして、私の「魔物の守護者」としての生活が始まった。
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