【No.027】メェメェ鳴くのは愛ですか

【メインCP:男14. ジョナサン・マレー・りく、女23. ユリストフ・メェメェ】

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 女性の平均身長からすると高めだろうか。それでも、陸からすると見下ろすほどの高さだ。その高さから、上目遣いで陸を見上げている。好奇心と何かの期待が入り混じってきらきらと輝くような瞳をしていた。

 女性からのそんな視線は慣れなくて、陸はぐっと唾を飲み込んだ。

「それで……ええっと、なんですか?」

 陸の言葉に、女性はうっとりと目を細めた。女性にそんな表情を向けられるなんて今まであっただろうか、と陸は思い返す。ずっとずっと、初対面の女性には怯えられてばかりだったから。

「やっぱり! 昨日のお客さんだ! あのですね、わたし昨日コーヒー屋にいたの、覚えてない?」

 その女性は手帳を取り出して、さらさらとペンで落書きをしてみせた。それを自慢げに見せる女性は、陸よりは一回りは年下に見えた。

 陸は訝しげに手帳の落書きを眺める。昨日立ち寄ったコーヒー屋で、使い捨てのコーヒーカップに描かれていたのがこんな感じだった気もする。よくは思い出せないが。

 しかしコーヒー屋のことは思い出せても、そこにどんな店員がいたかまでは気を配っていなかった。だから陸は申し訳なさそうに首を振った。

「いえ、あの、申し訳ないですが……覚えていません」

「じゃあ、今覚えて。わたし、ユリトメ・メメ」

 それがどんな字を書く名前なのか、陸にはぱっとわからなかった。さらには、彼女の発音はどこか間延びしていて、メメという名前はまるで羊の鳴き声のように「メェメェ」と聞こえたのだった。

「ええと、ユリトメさん」

「メェメェって呼んで」

「……メメさん」

「はい!」

 にこにこと笑うメメに圧され、陸は周囲を見回した。道端で、向き合って話している男女を気にしている通行人はいない。みんなそれぞれ黙々と、どこかへ向かっている。

 陸は溜息をついて、またメメに向き直る。

「改めて、なんの用でしょうか?」

「一目惚れ!」

 陸の困惑はさらに深くなる。自分が一目惚れされるような容姿ではないことは、三十七年間生きてきてよくわかっていた。

 陸が何も言えずにいると、メメは頬を染めて目を伏せた。

「ううん、一目っていうのは違うな。一聞き惚れ? 一耳惚れ? とにかく君の声!」

「はあ、声」

「そう、声! 君の声、甘くてしょっぱくて、すごく美味しかった! だからもっと聞きたいと思ったの!」

 背伸びをするように、メメは陸に一歩近づいた。メメの言葉の意味もわからず、咄嗟に一歩退がってから、陸はメメを傷つけてしまってないかと不安になった。

 けれどメメは興奮したような表情のまま、陸を見上げていた。細長い手足、体のバランスに対して少し耳が大きく見えた。それが、奇妙な愛嬌のような雰囲気を出していて、不思議なバランスで可愛い、と陸は思った。思ってしまった。

「それで、是非とも、えっと、あの……君の名前は?」

「ああ、ええと……陸です。ジョナサン・マレー・陸」

「陸さん! 陸さんの声で、愛の言葉を聞きたい!」

「愛の言葉って……」

 メメがうっとりと首を傾ける。

「ああ、今の『愛』って、とっても良い……! 美味しい! これでこんなに美味しいんなら、本気の言葉なんかもう……もう……っ!」

「あの、何か分かりませんが、落ち着いて」

「大丈夫、わたし落ち着いてるから」

「もしですね、おじさんをからかうような遊びなら……」

「からかってない!」

 それは、思いがけず強い声だった。メメの表情は真剣で、陸は内心たじろぐ。こんな、一回りも下の女性に翻弄されている自分が、なんだか情けなくすら思えてきた。

「まあ、いきなり愛の言葉は難しい、か。だよね……ごめんなさい……」

 陸の無言をどう受け取ったのか、メメはしょんぼりとうつむいた。その姿に、なんだか陸の方が申し訳なくなる。やっぱり情けないな、と思いながらも、陸はメメのつむじに向かって語りかけた。

「あのですね。情けない話、僕はこれまで女性とお付き合いするような経験は……そう、豊富でなくてですね。自分がモテる方じゃないのも嫌というほど知ってますし。ですから突然このように言われても、どうして良いか」

 メメはそっと視線をあげた。陸はまともに、見つめあってしまった。

「わたしは、陸さん、君と話したい。ううん、君の話が、言葉が、声が聞きたい。……駄目?」

 見つめあったままの長い沈黙。負けたのは、陸の方だった。

「……お話、するだけなら」

 絞り出したような陸の声に、メメの表情がぱあっと明るくなる。陸はそれに見惚れてしまったのだから、もう、仕方のないことなのだった。



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【本文の文字数:1,815字】

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