応募作品

9月24日 公開分

【No.001】かぐや姫を射止めるのは(九条春樹/弱竹輝夜)

【メインCP:男2. 九条くじょう 春樹はるき、女5. 弱竹なよたけ 輝夜かぐや

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「――俺がこの小説を読んでることは内緒にしてほしいんだ」


 京都の外れにある、人のあまり来ない古びた寺。

 そこで小学生くらいの男の子が何やら本を読んでいたので、気になって近づいてみると、彼はずいぶんと慌てた様子でそれを背に隠した。「ははーん、これはエロ本でも読んでるな」と思ってたんだけど……意外にも、彼の手にあるのは普通の小説だった。


 しかも、作者は弱竹なよたけ 輝夜かぐや――私だ。

 この少年は、なんと私の作品を読んでいたのである。ふふふ、テンション上がるぅ。でも、隠さず堂々と読んでくれていいんだよ?


「あらあら……どうして内緒にしてほしいのかしら。特に隠すような内容ではないと思いますが」

「うっ。だって、小説が好きとか男らしくないし」

「まぁ」


 ふふん、なるほどね。

 小学生男子だと、そのあたりを気にするのか。身長は私より数センチ低いくらい、小柄で可愛らしい感じの子だ。口調はわざと荒っぽくしている感じだけど、本を扱う手つきもすごく丁寧。私はそういうのを好ましく思うけど、彼自身は「男らしくなりたい」と思ってるんだろうなぁ。なかなか可愛い少年だ。


「俺は、九条くじょう 春樹はるき。東京に住んでるんだけど、この夏休みは爺ちゃんの家で世話になってて。暇だから、ここで本を読んでたんだ」

「そうだったのね。わたくしは……そうね。カグヤさん、とでも呼んでもらえるかしら。このお寺の近所に住んでいるの」


 そう話していると、春樹くんは小説のページをぱらぱらと捲る。


「……俺、この作品すごく好きでさ。主人公の女の子が、普通だったら諦めちゃうような状況でも、友達のために立ち上がる。あのセリフのところが泣けて」

「いいですよねぇ、そのシーン。絶体絶命という状況でも、誰かのために立ち上がる気高さ。読んでいて心が奮い立ちますよね。わたくしも好きですよ」

「うん。この作者のそういうシーンが好きなんだ」


 うわ、嬉しい。こういう生の感想が聞けるのってヤバいね。もうこれだけであと十年は書き続けられる気がするよ。ふふふふふ。


「まぁ、あとがきとかを読むとちょっと作者は痛い感じなんだけどね。キャラを作ってるというか。自分をかぐや姫の生まれ変わりって設定にしてんじゃん」

「ゴフッ――ゴッ、ゴホッ、ゴホン。そ、そ、そ、そうかしら。あ、あらあら。わ、わたくしはとても素敵な作者様だと思いますけれど?」

「いや、けっこう痛いと俺は思う」


 み、みみみミステリアスな感じで良いじゃん!

 こう、令和のかぐや姫みたいな感じでさぁ!


「俺はなんかこう……話題作りのためについ嘘を語っちゃって、引っ込みがつかなくなってどんどん設定を盛っちゃったんだろうなと思ってるんだけど」

「ひぃぃぃ……そ、そうかしら」

「だって、自分の出す難題をクリアできる殿方でないとお付き合いしませんとか言ってるけどさぁ。現実感ないでしょ。読者みんな生温かい視線で読んでるよ」


 やめてぇぇぇ、それ以上はオーバーキルだよ。

 私が羞恥に悶えていると、春樹くんはパタンと本を閉じて鞄にしまう。


「そういうわけだから……カグヤさん。その、俺が小説を読んでんのは内緒にしておいてほしいんだよね。あんまり、その……男らしくないから」


 春樹くんはモジモジと指先をすり合わせる。

 そういうとこだぞ、可愛いって言われんの。


「そうですね……わたくしの提示する条件を飲むのなら、春樹くんの趣味は黙って差し上げましょう」

「条件?」

「ふふふ。わたくしも春樹くんと同じ作家を好む者です。ぜひとも感想を語り合いたいのですわ。近くにわたくしの家がありますから、そこで」


  ◆


 私が小説を書き始めたのは、高校在学中のことだった。

 当時は周囲から嫌がらせを受けていて……なんでも、クラスでも目立っている女子の彼氏さんとやらが、なぜか私に懸想したとかで、私は「人の彼氏を誘惑する女」というレッテルを貼られたのだ。といっても、私のちんまい身長や貧相な胸のどこに誘惑要素があるのか、甚だ疑問だったのだけれど。


「あんたの両親、もう六十近いんだって? ずいぶん歳とって子作りしたのねぇ、気色悪い」


 両親はずっと不妊に悩んでいて、私を産んだのは母が四十歳の時だった。正直、そのことを悪く言われるのが、何よりも一番堪えた。そして私は、内心の鬱憤を解消するために小説を書き殴り、段々とそれが面白くなってきて、出版社の公募に送り、作家としてデビューすることになったのだ。

 あれから数年。二十二歳になった私は、父が木工職人をしている工房兼自宅に引きこもりながら執筆活動をしている。煩わしい人付き合いなんかは少ないけど……まさか十も年下の少年を家に招いてしまうとは。もしかすると、心のどこかに寂しい気持ちがあったのかもしれない。


 ◆


 自宅の居間で春樹くんに緑茶と煎餅を出しつつ、私は自分の小説を持ってきてテーブルの上に積んだ。


「春樹くんは、どの作品を読みましたか?」

「そこにあるのは全部。カグヤさんも?」

「もちろん、わたくしも全部読んでおりますわ」


 なにせ自分で書いている作品だ、読んでいないわけがない。


「俺が一番好きなやつは――」


 そうして、春樹くんが一生懸命に作品について語るのを、ふわふわとした気持ちで聞き続ける。本当に細部まで読み込んでくれているのが分かって、ついつい嬉しくなるよね。解釈が分かれるところなんかは、知らん顔して意見をぶつけ合ったり。そんな風にしているうちに、窓の外はすっかり夕焼け空になっていた。


「あ、もうこんな時間だ。帰らなきゃ」

「えっと――」

「明日もここに来ていいかな。俺、まだまだ語り足りないよ!」


 春樹くんの言葉に、私は笑いながら了承を返す。そして、胸の奥の深いところに、温かい火が灯ったのを自覚した。


 この夏が終われば、春樹くんは東京に帰っていくだろう。

 だけど、小説家なんてどこで暮らしていてもできる仕事だ。「手書き原稿に拘っている機械音痴」だなんてキャラ付けの一環に過ぎないのだし、活動拠点を東京に移した方が出版社も普通に喜ぶ。私はスマホを取り出して、アパートを検索し始めた。


「さてと……春樹くんの家に近い物件を探さないとね」



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【本文の文字数:2,467字】

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