【No.002】交際ゼロ日目のため息(東海林悠也/神崎こころ)

【メインCP:男3. 東海林しょうじ 悠也ゆうや、女9. 神崎かんざき こころ】

【サブキャラクター:女4. 東海林しょうじ 愛梨あいり

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「妹に近づくのは、やめてくれないかな」


 大学の構内。

 俺は目の前の女の子、「神崎かんざき こころ」にそう言い放った。


「妹さんですかー?」

「あぁ。俺は東海林しょうじ 悠也ゆうや。ここの大学院生だ……最近、君がよく一緒にいる東海林しょうじ 愛梨あいりの兄なんだが」

「あぁ、愛梨ちゃんのお兄さんでしたか」


 そう言って、神崎は呑気に笑っている。

 もちろん俺だって、妹の交友関係に口出しをするのは筋違いだとは思っている。だがそれでも、さすがに見過ごすことはできない。なにせ神崎には「誰とでも寝る尻軽女」という噂があり、俺がここ数日調べたところ、それはあながち間違ってもいないということが分かってきたからだ。


「君がここ数日、毎回違う男とホテルに入っていくのをこの目で確認した。噂を鵜呑みにしたくはないが……妹はすぐ友達に影響されるやつだ。君に変に影響されて、おかしな男に騙されたりするのを見たくはない。すまないが、愛梨との友人関係は考え直してもらえないだろうか」


 少しキツい物言いになってしまうが、これも妹を守るためだ。ここは心を鬼にして、強く出るべき場面だろう。なんて思っていると、神崎の表情からスッと笑顔が消えて無機質なものになる。


「なるほど。悠也様の危惧は理解いたしました。しかしながら、血縁関係があるとはいえ、成人している者の交友関係に口を挟むのは、越権行為かと思いますが」

「へぇ……君はあくまで妹に纏わりつくと?」

「いえ。純粋に疑問を提示しただけです。悠也様はどういった根拠で先程の発言をなさったのか。その理由を論理的にご説明いただきたいのですが」


 なるほどな、これが本性か。いいだろう。そっちがそういう態度なら、俺も言葉を選ぶのはやめにしよう。


「まず事実から確認したい。君の噂は聞いている。男好きの売女で、どんな男とも関係を持つと聞いたが……それは本当か」

「いえ、事実とは異なります」


 そうなのか? と俺が首を傾げると。


「――誰とでもというわけではなく、肉体関係を持つ対象は成人した者のみで、未成年は含みません。そして相手は男性に限らず、女性という場合もございます。それから売女という噂もあるようですが、肉体関係を持つ対価として金銭の授受を行うような法律違反はしておりません。誘われればホテルに行く。ただそれだけです」


 最低最悪じゃないか。

 俺は頭を抱える。


「……まさか、愛梨とも寝たんじゃないだろうな」

「いえ。お誘いをお待ちしているのですが」

「やめろ、そんな……いや、冗談じゃないのか?」

「はい。冗談ではありませんが」

「お前……人の心ってもんがないのか」


 俺がそう言うと、神崎は首を縦にふる。


「はい。私は人ではありませんから。申し遅れましたが、私は神崎研究所で生み出された純国産アンドロイド〈心〉シリーズの03号機で、感情のデータ収集を担当しております。純日本人女性をターゲットにした人格学習も行っており、東海林愛梨さんは貴重なサンプルですので――」


 そう淡々と話す神崎は、人間とはかけ離れた不気味さを纏っていた。


  ◆


 神崎こころに連れられて研究所にやってきた俺は、そこで〈心〉シリーズの開発者である神崎所長と対面した。彼は国外までその名の響く有名人だ。普段の俺なら、緊張してろくに会話もできなかっただろうが。


「このアンドロイドを妹に近づけるのは、やめていただけませんか」


 ここに来るまでのやりとりで確信した。

 神崎こころの存在は、妹の愛梨にとって害しかない。しかし彼女自身と話していても埒が明かないのだ。所長と交渉して、なんとかこの冷血アンドロイドを遠ざけてもらわねばなるまい。


 頭の爆発したような髪型の神崎所長は、ニヤニヤと口元を歪めた。


「これは困ったな。〈心〉シリーズの開発は、日本が抱えている様々な問題を解決する、政府肝いりの重要なプロジェクトなんだがなぁ」

「別に俺は、プロジェクトをやめろと言っているわけではありません。ただ妹に近づけるなと言っているだけなんです」

「何の権利があって? 妹さんはもう成人しているのだろう。たしか、こころは彼女に自分の身分を明かし、許諾を取って学習させてもらっているはずだが……君にそれを差し止める権利はないはずだよ」


 そうして、神崎所長は余裕の表情を崩さない。

 なるほど……愛梨が理解した上でデータを取らせているのであれば、そこについては俺は意見はできないが。


「所長。こころに手当たり次第に男と……いや、老若男女問わず肉体関係を持たせているのは、どういう意図があってのことですか。そんな存在を妹に近づけて、何かあったらどう責任を取ってくれるんです」

「悠也様、未成年は対象に含みません」

「ちょっとアンドロイドは黙ってくれるかな……神崎所長。妹の身に何かあれば、俺も両親も黙ってはいませんよ。そもそも不特定多数を対象に身分を公にせず勝手に感情を学習させている時点で、法的にはかなりグレーでしょう。訴えられる覚悟があっての所業なんでしょうね」


 俺が問い詰めれば、神崎所長はポリポリと頬を掻いて視線を泳がせる。そして、何かを思いついた、という顔をして話し始めた。


「東海林悠也くん。それなら君、こころの彼氏になってくれないかい?」

「は? ふざけるのも大概に――」

「大真面目だよ。いやぁ、こころの感情学習が想定したほど進まず、困っていたところだったのだ。広く浅く関係を持つより、対象を絞って狭く深く関係を持たせたかったのだが、残念ながら相手役がいなくてね」


 所長はそう言って、パンと手を叩く。


「君が恋人になってくれるなら、こころが不特定多数と肉体関係を持つのはやめさせよう。これまでの交友関係を整理し、君一筋で絶対に浮気をしない恋人になる」

「えぇぇ」

「それなら、愛梨くんと友人関係を続けても問題なかろう」


 その後も色々と議論はしたが……結局は所長の言う通り、俺はアンドロイドを恋人にすることになった。妹のことを思えば受け入れざるをえないだろうが。


「明日から恋人同士だね。よろしく、悠也」


 ニッコリと作り物の笑顔を浮かべる神崎こころを、果たして俺は恋人として見ることができるのか。あまりにも前途多難すぎる。交際ゼロ日目にして、俺は深々とため息を吐き出していた。



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【本文の文字数:2,499字】

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