【No.066】甘さ控えめなあなたに特別なケーキを

【メインCP:男23. 二ノ宮にのみや そら、女29. 両角もろずみ 紅緒べにお

【サブキャラクター:男26. 土谷つちや 駿一しゅんいち、男30. 増田ますだたかしモデル2改(犬)、女16. 天文あまふみ 宇美うみ

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「お客様、お待たせ致しました。こちら、ブレンドコーヒーとカフェラテです」

「わ、何今の子。すごく美人じゃない?」

「あ、うん、凄いよね!」

「バイトの子かな? いつからいるんだろ。前はいなかったよね?」

「あ、そうだね。うん、初めて見るよね!」

「…………」


 ──やっぱり、恋愛なんて柄じゃなかったな。


 一日デートを終えての、雰囲気の良い喫茶店。

 私──両角紅緒もろずみべにおは、向かいに座る彼氏の二ノ宮宙にのみやそらをじっと睨みつけていた。


 宙はお冷やも折角のコーヒーもさっさと飲み干して、心ここにあらずといった感じ。元気は良いけど無理矢理な明るさだし、曖昧な返事ばかり。デート中も何処か上の空。しばらく前から、連絡したらすぐに来ていた返事も遅くなっていた。

 最近様子がおかしいと思っていたけど、ここまで来たら決定的だ。


 この歳になって初めての彼氏だから知らないけど、これがきっと別れ話前の空気なんだろうな。




 彼との出会いはホームセンターの工作スペース。

 観葉植物用の棚に苦戦する彼の手助けをしたら、なんだか懐かれてしまった。

 それから何度も顔を合わせるし、サービスしてくれるからってパティシエをしてる彼の店によく行ったし、段々と仲良くなった。

 それから、告白。

 友達としか思えず最初は断るつもりだったけど、熱意に押されて、まあいいかって「自分の趣味を優先する」って条件はつけたけど受け入れてしまった。


 あくまで男友達の延長にしかならないはずだった。

 宙は約束通り趣味を否定せず、積極的に付き合ってくれて、同い年だから話も合うし、楽しくて心地良かった。

 デートといっても色っぽいデートスポットなんかじゃなく、一緒ににプラモを買って組み立てたり、ロボットアニメの劇場版を観に行ったり。

 今日だって日曜大工で使う専門的な工具の買い物に付き合ってもらっただけだ。


 だけど。

 彼があまりにもストレートに好意を伝えてくるものだから、ついつい乗せられてその気になって、時にはお酒の勢いに身を任せて、男友達とは絶対にしない事もしてきた。

 だからここ最近はぼんやりと、これが好きって事なんだなって思うようになっていた。


 それなのに。

 あの初々しく繋いだ手の感触も、あのロマンチックなキスの味も、あの強く求め合った夜の熱も。

 全部、錯覚だったんだろうか。


 今の無理して元気に振る舞うような宙からは、心地良かった空気が感じられない。




 カフェラテが、ただ温い。

 お気に入りで二人でも通った思い出の喫茶店を、嫌な思い出の場所にはしたくなかった。

 マスターの土谷さんにも悪いな。何度か相談にも乗ってもらっていたのに。


「何か、お困り事がありますでしょうか」

「あっ、いえ! 大丈夫です、すみません!」


 さっきも来たバイトの子に言われて、宙はワタワタ慌てながら答えた。

 彼女とはちゃんと目を合わせて話すのは、本当に礼儀正しいだけなのかな。


 やっぱり、男の人に人気があるのはこういう子だ。

 金髪碧眼、東欧系の美人。ロボットみたいにクールなのに、デフォルメされたタコやサメの小物が女の子らしくて可愛い。

 宙だって本当は、部屋にプラモを並べる女に合わせるより、可愛い趣味の子の方が良いんだろう。


 私みたいな女は、ロボット犬と生活してるのがお似合いなんだろうな。あのおじさんみたいな喋りは賑やかで飽きないし。



 険悪なムードで長居してもお店に迷惑だよね。

 興味津々な様子で私達をジロジロ見てくる人もいて居心地悪いし。


 さて、私の方から切り出してあげますか。


「終わりなんだね、私達」

「……え?」


 裏返った声が響く。

 驚いて、情けない困り顔。泣きそうになっている彼に、淡々と告げてやる。


「私に無理して合わせるの、疲れたよね。今日もずっとつまんなさそうだったもんね」

「あ、いや、それは……」

「さよなら」

「待って、待ってってば! あの、その……」


 立ち上がる私に、宙はすがりつくようについてくる。

 無視して出ていこうとしたけど、一際大きな声が、私の足を呼び止めた。


「俺と、結婚してくれませんか!」

「へっ」


 彼の言葉で頭が真っ白になった。


 結婚。

 ……結婚?


 振り返れば宙の必死な顔と、輝く指輪が目に飛び込んでくる。

 固まった思考はほどけて、強張った体も戻って、徐々に理解が追いついてくる。


「あ、あ〜〜〜……」


 そっか。それで緊張してただけなのか……。


 今までもよく空回りしてたんだから、もっと早く気付けたはずなのに。

 宙としてはもっとシチュエーションも台詞も用意してたのを、私が台無しにしちゃったかな。


 思い込みで先走ったのが申し訳なくて、情けなくて、恥ずかしくて、まともに顔を合わせられない。


「……ごめんね。別れ話とか勘違いして」

「俺の方こそごめん! 挙動不審で疑われても仕方なかったよね!」

「いやいや。恋愛感情薄いとか子供が好きじゃないとか言ってた女にプロポーズとかし辛いよね!」


 照れ隠しに自然と声は大きくなった。

 店内の注目を浴びるけどしょうがない。


 随分と悩んでくれたんだろうな。

 宙は優しいから、私の幸せになるか、重荷にならないかを、真剣に。

 このままの関係をずっと続ける選択肢もあって、最後まで迷ったはずだ。

 もう長い付き合いだから、宙はそういう誠実な人だと分かっている。


「あの、それで、返事は……? やっぱり、嫌、かなあ……?」


 期待よりも不安が大きい顔が私を窺う。

 子犬のようで頼りないけど、私の意思を尊重してくれる優しさでもある。


 正直、結婚なんて想像もつかない。

 一人の方が気楽だと、未だに思う。


 でも、別れ話だと思ってショックを受けてあんなにグチグチ考えていたのは、私もそれだけ本気になっていたんだと思う。

 気付かない内に、宙との時間が当たり前になっていた。


 それは、間違いなく好きな人への反応だ。

 そう、恋愛感情が欠けている、なんて思い込みだった。

 言い訳ばかりしてないで、二人で過ごした楽しさをもっと素直に認めれば良かったんだ。


 こんな共同生活に向かない私でも。

 彼となら、きっと。


「ううん。嫌じゃない。結婚しよっか、私達」


 やったー!

 と、無邪気に喜ぶ彼を、とても愛おしいと思えた。



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【本文の文字数:2,443字】

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